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土佐高知の雑記帳

四国西南部から徒然なるままに、祖国の右傾化、田舎切りすてに異議申し立てほえる。靖国神社の戦争犠牲者冒涜に怒りの発信!軍需産業=吸血鬼を暴き出すお気楽バンパイア・ハンター(^○^)

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イラクからの無条件即時撤退を!

オーストラリアのハワード首相は24日、イラクからの多国籍軍の早期撤退は、悲劇的な結末を招き、テロリストに勝利を与えることになると警告した」という。



「ドロ沼」と侵略を認めない論理だ。
キッシンジャー元国務長官も「イラク戦争 軍事的勝利は不可能」と認めつつ、「われわれは非常に困難な状況に置かれている。なぜなら内戦の最中で暴動とたたかっているからだ。疑いの余地なく、重大な間違いが犯されたが、それを言っても今は何の助けにもならない」と語ったともいう。

彼らには、誤りを認めそれを正す勇気は持たないのだろうか。

たしかに、イラク情勢は深刻である。
そこからの撤退という決断には、無政府状態・内戦というリスクがともなうことも予測される。
だが、そのリスクよりも米英豪日がイラクにとどまることの方が、はるかに害をなしているということに気づくべきだ。

いまなしうることは即時無条件のイラクからの撤退である。
イラクの自治はイラクの人たちににまかせるべきだ。
それがどんなに困難であろうとも、侵略軍が駐留・統治するよりははるかにましである。
そして、国連を中心に国際社会が最大限の忍耐をもってイラクの秩序を回復するための努力をはかるべきだ。

ボタンを掛け違えたのは誰か。
米英日豪伊西である。
彼らにはイラク開戦の責任をとって、戦後復興のためのカネを出すこと、戦争賠償に応じることは当然である。
だが軍隊を駐留させたり、イラク復興にたいしてさしでがましい口はいっさい挟むべきではない。

いま米英日豪の指導者たちに求められる気質は、誤りを認める勇気とそれをただす英断である。


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*Comment

批判精神の自己責任の射程 

個人として撤退には猛烈に反対する。諸種の理由あるが、放置することのリスクマネンジメントをイラク自身ができない以上に中東情勢全体にかかわる問題を撤退が含むからである。詳細について割愛することにさせてもらいたい。
>そのリスクよりも米英豪日がイラクにとどまることの方が、はるかに害をなしているということに気づくべきだ。

この見解には一定の理解を示したいのだが、では、フセイン政権下では知られていない被害があったとも考えられるわけで、はるかに害をなしているというのは推測の領域を出ないだろう。同時にイライラ戦争停戦後、イラクは中東の不安要素のひとつであったことは紛れもない事実であったわけです。それは今日あるイラン情勢含めて評価しなければならないことも言うまでもない、現状のフセイン政権を抱えたまま中東の不安の弧をどう世界はリスクマネンマネンジメントできたのだろうか?その道筋もなく、イラク戦争がなかったほうが被害は少ないと早計に述べるのはいさかか拙速だと思える。イラクだけを評価体系にして考えることは否定はしないが、イラクは世界の一部であり世界の一部としてのイラクを想定して考える必要が国際政治の局面であることを忘れてならないと思う。イラクの石油埋蔵量やイラン情勢などを加味しても、現状のUN委任形態によるイラク自立プログラムしかないと思う。個人としては、三分統治論(7分割統治論)を押しているわけだが、それらもここでは述べるのは避けることにしたい。

>国連を中心に国際社会が最大限の忍耐をもってイラクの秩序を回復するための努力をはかるべきだ。

現状、それを行っている段階だと言えるだろう。しかし、実際にイラク戦争の是非論に執着して、復興の草案さえも提示していない日本に、英米を批判する権利があるのか?と問われれば、自分は、「日本も同罪、それ以上」だと言う。日本はまだ輸送部門での貢献はしているが復興の道筋がつかないうちに復興支援の大筋を放棄して撤退しているとも言える。現状では政府の枠組みでもイラク支援案さえ提示できていない。そんな我々が現場で血汗を流している英米を批判する権利があると言い切れるのだろうか?イラク戦争を引き起こした罪過と復興支援は別の評価体系にならないものだろうか?
そもそも、日本は英米の姿勢に賛同した以上の責任があるわけで、彼らと同罪である。ここで賛同者としての責任を放棄しているとも言える日本やスペインなどの派遣後、支援撤退して堂々と英米を批判している諸国には、自分は逆に失望を感じる。自分の行為を反省してないと言われかねないのにもかかわらず批判する破廉恥な人間だと評価されるだろうと思う。(後世の歴史家はそう思えるだろう)
イラク戦争が「誤り」だったのか?という問題も重要だが、今後の復興の道筋を立ててからでも十分ではないだろうか?批判するよりも先に建設的な国際世論の構築を日本もイラク戦争賛同者として出すべきではないだろうか?
むしろ、このようなエントリーで短絡的に「英米批判」することよりも、自国の行為を反省した上で、英米批判するのが自然かつ筋道ではないだろうか?
そんなことを最近のイラク戦争の記事を見て思うのだが・・これは自分だけのことだろうか?
  • posted by self0507 
  • URL 
  • 2006.11/24 22:40分 
  • [Edit]

反論 

>この見解には一定の理解を示したいのだが、では、フセイン政権下では知られていない被害があったとも考えられるわけで、はるかに害をなしているというのは推測の領域を出ないだろう。
この部分以下もふくめて大いに異論があります。
もちろんフセイン政権下での「被害」はあったでしょう。
だからといって、それを侵略して「是正」していいということにならない。

それは民族自決権の侵害であって、イラク戦争は侵略戦争と規定する所以はそこにあります。

置きかえてみてください。
大日本帝国が国内でいかに挑戦人や中国人を虐殺していたとして、米英がそれを理由に大日本帝国を攻撃したらというケースを…。

>イラク戦争が「誤り」だったのか?という問題も重要だが、今後の復興の道筋を立ててからでも十分ではないだろうか?批判するよりも先に建設的な国際世論の構築を日本もイラク戦争賛同者として出すべきではないだろうか?
誤りをまず認めること、それに対する真摯な反省がなければまともな道筋は立てられないでしょう。
だからこそ侵略軍の即時無条件撤退は不可欠です。

それにかわって、侵略に加担しなかった国、たとえば独仏露中などが中心になって復興・賠償方向をつくり、その経費はすべて侵略国が無条件に支払うべきです。
侵略国は戦後復興に口出す権利はない!!

>このようなエントリーで短絡的に「英米批判」することよりも、自国の行為を反省した上で、英米批判するのが自然かつ筋道ではないだろうか?

エントリーをよく読んでほしいと思います。

戦争をはじめたのは「米英日豪伊西」
現時点で当ブロガーが撤退を求めているのは「米英日豪」です。
「日」も同罪なのですよ。

 

>それは民族自決権の侵害であって、イラク戦争は侵略戦争と規定する所以はそこにあります。

考えて欲しいのですが、民族自決という概念そのものは、WWⅠ以後標榜されているものですが、これを尊重するという基本的合意は存在しないとまで言えるでしょう。事実、日本も含めて民族自決という美名は事実尊重されていない事は、イスラエル問題での決議での「棄権」を見れば明白であり、その権利を有象無象のものとして叫ぶのは一向に問題ないのだがそれを守れている国家は存在しないことをリアルな国際政治において理解して欲しい。同時に民族自決という権利が限りなく認められれば、まず現状の民族間の問題が常に平素から横たわる状況であることを正視して欲しい。かろうじて、民族間均衡が国家秩序で保持されている国家は世界では非常に多い。それが崩壊する事例が今日の紛争地域だという認識さえ乱暴ではないでしょう。そこまで踏まえて民族自決という権利を想起してほしいと思います。同時にフセイン体制そのものがその民族自決を否定し、現状の統治体制が民族自決を尊重しようとしているからこそ、現状のような泥沼だという認識も当然持ちあわせるべきでしょう。

>大日本帝国が国内でいかに挑戦人や中国人を虐殺していたとして、米英がそれを理由に大日本帝国を攻撃したらというケースを…。

現在、そのような行為を国際社会はやろうとしているわけです、そして、それを合法化している国際法の流れもあるのです。それに反対していないのが日本であり、それに反対してるのが人権蹂躙と言われるような国家なのです。

>誤りをまず認めること、それに対する真摯な反省がなければまともな道筋は立てられないでしょう。
だからこそ侵略軍の即時無条件撤退は不可欠です

考えて欲しいと思うのは、反省したからといって新しい童貞が浮かぶという必要十分条件は満たされないという事でしょう。このようなものは精神論の領域でしかないでしょう。そもそも、失敗であるとしても、それ以外の有効な方法を提示しないで「失敗」というのは政治的には主張として稚拙なのは言うまでもありません。イラク戦争の法的正当性は残念ながら崩壊もしていませんし、現状でもその法理は有効です。これを否定しない限りは、イラク戦争は一生、合法といわれるものであり、その手法が間違っていたと歴史で語られるだけの事でしょう。このような戦争の評価はベトナム戦争と同じ事です。ベトナム戦争はあれだけの批判がありながらも現在でも法的な開戦に批判は完成していません。それが政治的な一部の真実でもあるのです。同時に政治においては、何らかの選択肢をセレクトしなければならないケースがあります。留保という選択肢もありますが、イラク戦争では、開戦という選択肢と留保という以外の選択肢があったのか?という問題を真摯に考えるべきでしょう。巷に溢れる批判は単なる結果論による批判でしかない事からも、イラク戦争開戦時にここまでの泥沼化と想定できた人であっても、イラク戦争と不当とできない事情があります(自分もその一人ですが)
ぜひ、撤退に反対するなら、その代替案を具体的に出すべきだと思います。ただ感情論として、撤退と叫ぶのは稚拙でもありますし、将来的な無責任な国際政治の形跡を残す事にしかなりません。そして、このような無責任な結論が今日のアフガン、シューダン、チェチェンなどの諸種の紛争の残滓であることを忘れてはなりません。

>戦争をはじめたのは「米英日豪伊西」
現時点で当ブロガーが撤退を求めているのは「米英日豪」です。
「日」も同罪なのですよ。

あえて、付加的に記述してると思います。日本は「それ以上」だと。
何故、”それ以上”だと。個人として、むしろ中途半端な支援状況とまで英米以上に批判の対象です。
実際、イラク支援に関して、日本ではNGOレベルでの停滞まで報告されていますし、死地に望む民間の支援活動さえ国内では人質事件以後理解さえない状況です。その上に、イラクの追加支援策の策定も無猪野です。イラク戦争に賛同した英米諸国は未だに、NATOの枠組みでアフガンでの治安維持任務に関り、血汗を流している一方、未だに、日本は輸送部隊のみで最大の支援としている。
これをイラク人がみてどう思うのでしょうか?英米批判する権利があると言えないというのは、支援の程度においても、イラク戦争の関り方においても国際社会からEU諸国にも言われている事実です。
国内においては、自分のような意見換気はむしろマイノリティであるのは事実です。しかし、このような意見が国際政治学関連の人にも存在しているのは事実ですし、述べていることに虚偽はないはずです。
性善説的な論述になりますが、これで撤退してどうなるのか?という未知な政治的選択をセレクトする以上にその後の道程を提示するべきだと思うのは、間違いでもないでしょう。
  • posted by self0507 
  • URL 
  • 2006.11/26 18:42分 
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ご訪問ありがとうございます。

これからもよろしくお願いいたします。
  • posted by 詩音魔 
  • URL 
  • 2006.12/01 21:31分 
  • [Edit]

ちょっと長いですが紹介いたします 

第44号
イラク戦争を再考する
2003年4月24日、松尾 眞

■「独裁者が消えたことは歓迎」という議論をどう考えるか?
アメリカのイラク攻撃にまったく何の正当性もないことは言うまでもない。

しかし、同時に、いま、考えてみなければならない問題があると思う。アメリカのイラク攻撃を批判する根拠の1つとして(そして、ある意味で最大の根拠として)、「国連安保理での決議を経ていない」ことが挙げられることをめぐってである。“では、国連安保理の決議があれば、イラクに軍事的攻撃を加えることは正当化されるのか?”という問題である。いくら国連安保理決議があろうとも、軍事的攻撃を行なえば、今回のアメリカ軍の軍事的攻撃と同様に、無辜のイラク市民を空爆等で多数殺戮することに変わりはないはずである。私は、この種の議論を提起することによって、アメリカに対する批判の矛先を鈍らせようという意図はいささかもない。

絶対平和主義の立場に立つならば、国連安保理決議があろうが、なかろうが、ともかく軍事的攻撃はいっさい認められない。それはそれで、一点の曇りもない、非常に明解な論理、立場である。

だが、「国連安保理決議がないから攻撃に反対」と(だけ)言うのならば、国連安保理決議があれば軍事的攻撃に賛成ということになり、絶対平和主義との間に大きな裂け目が生じる。

私がこのような議論を提起するのは、フセイン政権の崩壊という事態をうけて、「独裁者が消えたことは全世界の誰しもが歓迎することだ」という声が聞こえてくるからである。私もサダム・フセインを擁護するものではなく、フセイン政権によって抑圧されてきた多くのイラク市民のことを考えれば、フセイン政権は打倒されるべき存在であると考えるものである。

ここで、しかし、イラク国内には、フセイン政権が作り出した強権的かつ陰湿な抑圧体制が存在し、さしあたりイラクの民衆自身によるフセイン体制の打倒が困難であるとするならば、国際介入によってフセイン体制を排除すべきだという議論が出てくる。アメリカの今回のイラク攻撃は、この種の議論をすくい上げる「論理」を内包させつつ強行された。だからこそ、イラク攻撃に反対したはずの指導者の口から、「独裁者が消えたことは全世界の誰しもが歓迎することだ」という声が出てくるのであり、アメリカ・ブッシュ政権との関係の修復の動きも出てくるのである。

■強まる“国際介入”肯定の流れ
さらに言えば、冷戦終焉以後、「人道的介入」等の名目をかかげた国際介入が増大してきている。その中には、湾岸戦争を突破口として、ソマリア内戦への介入、コソボ紛争でのNATOの空爆などがある。忘れもしない「9・11」後のアフガニスタンへのアメリカの軍事攻撃も国連の承認の下に行なわれ、ほとんどの国が支持したのである。果たして、国連によって正当性を付与された湾岸戦争やアフガン攻撃は良くて、今回のイラク攻撃だけが良くないという論理は、どのように組み立て得るのであろうか?

問題をもっと明確にすべきであろう。

すなわち、ある国に独裁者が存在する場合、国際社会はその独裁者を取り除くために軍事力を行使すべきなのか否か、ということである。

そして、冷戦終焉後のグローバル化が進展する世界において、国際介入は積極的に肯定される傾向が強まっている。

■ウェストファリア体系-主権国家体系の揺らぎ
問題を整理してみよう。

われわれが現代世界の国際関係-戦争の問題を考える枠組みは、以下のように組み立てられてきた。

国家は主権を有しており、内政干渉は許されない(近代主権国家体系を確立したウェストファリア体系の最も核心をなす考え方)
戦争は国家の正当な権利(=無差別戦争観)-勢力均衡による“平和”の維持    ↓

戦争違法観の登場(第一次世界大戦を契機として)
   +
集団安全保障概念の形成(国際連盟の成立)→「犯した国を罰する」
国連の形成と軍事的制裁権の国際法的確立(国連憲章39条~42条)
ここで国連憲章39条と42条の条文を確認しておこう。

39条
安全保障理事会は、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し、並びに、国際の平和及び安全を維持し又は回復するために、勧告をし、又は第41条及び第42条に従っていかなる措置をとるかを決定する
42条
安全保障理事会は、第41条に定める措置では不充分であろうと認め、又は不充分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍又は陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる
(筆者注:「第41条」は経済制裁等の措置を規定している)
ここで、2点を確認しておくことが必要である。

第1点は、国連安保理に軍事行動の権利が付与され、国連の(権威の下に行なわれる)戦争は違法戦争観の対象外とされていることである。

私はかなり以前に、この点をめぐって、「国連安保理決定に基づく国際介入の軍事力行使も、正戦論の色を濃厚に帯びている」と指摘したことがある(拙著『グローバル時代の政治』1997年,ミネルヴァ書房,第3章2節)。いま、改めて、この点をおさえることが重要だと考えている。

第2点は、しかし、この国連安保理決定に基づく軍事的制裁の対象としては、他国への侵略と行なう主権国家が想定されており、内戦や独裁政権による主権国家内での人権抑圧・虐殺等の事態を想定していないことである。

冷戦時代は、直接には米ソの対立-拒否権の行使によって安保理が機能麻痺していたことから、国連憲章39条~42条が抱える問題点は表面化せずにきた。すなわち、内戦や国内人権抑圧への国連の介入、国際介入の是非をめぐる問題がぎりぎりと問われることは基本的になかった。

ところが、冷戦の終焉は、国連安保理の機能回復を(少なくとも一定程度は)もたらすことによって、皮肉にも、国連(憲章)の抱える矛盾を浮かび上がらせることになったのである。それは、冷戦の終焉が単に米ソ対立の構造の解消だけでなく、同時にグローバリゼーションの進展-国民国家体系・近代主権国家システムの揺らぎという事態と重なるものであったからである。主権国家-内政不干渉の原理に揺らぎがないならば、いかに人権抑圧の現実があろうとも、内政干渉にあたる国際介入は問題となりえないからである。

■内戦をめぐる国際介入の抱える矛盾・困難
冷戦終焉以後の国際介入をふりかえってみると、湾岸戦争を唯一の例外として、他はすべて内戦及び内戦下の人権抑圧・大量虐殺への介入である。湾岸戦争をめぐって、平和主義の立場からの戦争反対論はあったものの、少なくとも国際政治上は多国籍軍の介入-戦争が基本的に受容されたのは国家主権論との関係での齟齬がなかったことに大きな要因があったと言うことができるであろう。

しかし、内戦をめぐっては、事はそう簡単ではない。実際、コソボ紛争をめぐるNATOのユーゴ空爆は、アメリカ主導のNATOの一方的決定に基づいて強行され、国連安保理決議はなされなかった。内戦をめぐる介入となれば、内戦のどちらか一方に組みし、他方を攻めるという構図が出てくる場合があるからである。コソボの場合、最近になって高木徹『戦争広告代理店』(講談社)が明かにしたように、広告代理店を使った情報操作によって国際介入を求める(正当化する)世論づくりがなされた。内戦の一方の当事者のみを一方的に悪として、国際介入の正当性を政治的に担保するためである。

コソボ紛争の介入-ユーゴ空爆には、今回のイラク戦争でアメリカの軍事攻撃に反対の立場をとった仏・独も参戦している。

そして、今回のイラク戦争でアメリカが情報戦争-情報操作に異常なまでのエネルギーを注ぎ込み、フセイン像の引き倒しに象徴されるように、「独裁者打倒の戦争」=「解放戦争」という構図を作り出そうとしていることは、コソボへの介入の構図と基本的に同一なのである。

コソボ紛争への介入-NATOの空爆をめぐっては、少なくとも「やむをえざる軍事介入」とする見解が「国際世論の多数派」とされた。いったい、コソボとイラクは何が違うと言うのであろうか?

世界は、内戦や独裁政権の人権抑圧等への国際介入の問題をめぐって、あきらかに混乱し、困難・矛盾に直面している。

■「帝国」をめぐる議論の混乱
少し話題を転じよう。今回のイラク戦争をめぐって、「帝国」という言葉が飛び交っている。「アメリカ=帝国」論である。たしかに、「唯一の超大国」として軍事力の優位を欲しいままにし、国連安保理も切り捨てて、イラクへの軍事攻撃に踏み切ったアメリカの姿は、「帝国」という形容にピッタリである。

だが、「帝国」という言葉が多用されるようになった契機を考えてみると、アントニオ・ネグリとマイケル・ハートの著書『帝国』が出版されたことにある。同書の邦訳は今年の初めに出版されたが、原著は2000年に出版され、「9・11」を契機に一気に注目を浴びるようになった。「9・11」をめぐる議論の中で、「9・11」テロのベースにあるものがグローバリゼーションの引き起こしている諸矛盾にあるとされ、グローバリゼーションが引き起こしている世界の変化を読み解く手がかりとして、ネグリとハートの「帝国」概念が注目されたのである。

「帝国」をめぐる議論が紹介されはじめた頃、私は原著を読んでおらず、「ネグリとハートは『帝国とはアメリカを指しているのではない』と言っている」という解説を読んで、いささか理解に困難を覚えた。

たしかにネグリとハートを読むと、解説のとおりである。今回のイラク戦争についてのハートの発言を読むと、彼らの議論の意味はさらに明確になる。『現代思想』2月号で紹介されているハートへのインタビューのポイントを、少し長くなるが、引用紹介してみよう(強調は引用者)。

「世界の政治や企業のリーダーたちは、現在二つの選択肢を迫られている、と。第一はアメリカ帝国主義という選択肢です。これは二〇世紀においてヨーロッパの列強が展開してきた支配形態をアメリカ合衆国が今世紀において踏襲するという途で、合衆国政府を世界の政治経済的中心として容認する選択肢です。それは、全世界情勢の重要な決定権を合衆国が握り、その利益に従って世界を動かすことを許すものです。これはブッシュ政権が現在採っている単独行動路線です。ですが第二の選択肢も存在します。それは必ずしもアメリカ合衆国を、精確にはいかなる国民国家も、中心としない世界秩序の確立という選択肢です。私たちが帝国と呼ぶものはこれです。これはさまざまな権力のネットワークをうちに含む支配の新たな形態であり、主要な国民国家だけでなく企業や文化的エリートをも組み込んだ権力のネットワークで、例えばWTOやIMFなどのような国民国家の枠を超えた経済組織や、G7に代表される主要な国民国家(経済)、また多様なNGOや主だったトランス・ナショナルな大企業が一体となって機能する、中心なきネットワークです。これが現実において強固に存在するアメリカ帝国主義と峻別される意味での帝国を概念的に規定する方法です」

「私はアメリカ合衆国という国民国家が『失敗する宿命にある』とは思いませんが、この新帝国主義的なプロジェクトは『必然的に失敗する宿命にある』ことをもう一度強調したいと思います。それには二つの理由があります。…それはまずビジネス一般にとって良くないのです。ですからグローバル資本は、そのさまざまなセクションを通じて、このプロジェクトを潰しにかかるでしょう。/また第二に、まったく異なった視点から言えば、それは『世界のさまざまな人びとに平和をもたらす』という帝国のお題目を実現できないでしょう。むしろ逆にそれは[反米という]反目を煽る結果を導くでしょう。それに較べると、グローバル化しつつある世界状況では、帝国という支配形態つまり各所に配分された非中心化された権力の方がはるかに有効な支配形態なのです」

ここでは、アメリカ帝国主義と、ネグリとハートが言う「帝国」概念とが峻別されている。

ところが、昨今の「帝国」論議は、この点をきちんとおさえないままに展開されている感が強い。いや、もっと正確に言えば、ハートがここで「アメリカ帝国主義」として整理している事柄を指して「帝国」と呼ぶ論議の方が一般的であり、しかも、その種の議論がネグリとハートの議論をうけるような形で展開されているのである。これは、意図せざるものとはいえ、大きな混乱である。(『デモクラシーの帝国』を著した藤原帰一は、この点をきちんとおさているが、彼の議論を読む人びと、彼にイラク戦争についての論評を求める人びとにおいては、区別が曖昧化し、混乱が自覚されていないように思われる)

■「帝国」へのオルターナティブをどのように提出するか
グローバリゼーションをめぐっては種々の議論がある。たとえば、「20世紀初頭の頃の方が現在よりも世界貿易量も多く、グローバリゼーションは新しい事態ではない」という議論もある。しかし、私はやはり、グローバリゼーションはこの10数年ないし20数年の間に生じている新しい事態だと考える。

そして、私はグローバリゼーションをめぐって、国家のあり方に焦点をあてて見れば、「国民国家の相対化」=国民国家の揺らぎを意味するものだと論じてきた(たとえば、先に紹介した『グローバル時代の政治』)。言いかえれば、ネグリとハートの言う、「帝国」の概念に近いものだと考えている。たしかに、グローバリゼーションにはアメリカナイゼーションと捉えられる側面があるが、これはアメリカン・スタンダードを無批判的に受け入れる傾向が強い日本では言えることであっても、EU-ユーロ圏を形成し、アメリカに対抗的にふるまう欧州には必ずしも当てはまらないものである。やはり、「さまざまな権力のネットワークをうちに含む支配の新たな形態であり、主要な国民国家だけでなく企業や文化的エリートをも組み込んだ権力のネットワーク」というネグリとハートの捉え方の方が妥当性が高いと思うのである。

だが、問題はこの先にある。ネグリとハートが言う「権力のネットワーク」としての「帝国」が主導するならば、国際介入をめぐる諸矛盾・問題が解消・解決されるわけではないからである。「国連安保理決議があればイラク軍事攻撃はOKか?」という問題は、まさにそのことを突き出す。

現時点で、「帝国」はグローバリゼーションの世界秩序を保障するシステムとして登場しつつある。だが、それはグローバル資本が大きな力を占めるシステムであり、グローバル資本による第三世界民衆からの強搾取・強収奪や、IMF・世銀による構造調整政策を遂行するシステムである。さらに言えば、第三世界での人権抑圧等は「帝国」システムと密接に絡んでいる、いや「帝国」システムを成り立たせる不可欠の要素として存在しているのである。アメリカ・ブッシュ政権、とりわけネオ・コン派が仏・独などを「古いヨーロッパ」と揶揄し、自らの軍事攻撃の正当化を主張しようとするとき、彼らは「アメリカ帝国主義の論理」と「帝国の論理」とをうまく重ね合わせていると言えるのではないだろうか。(その意味では、上記に引用したハートの発言での、2つの区別はいささか単純に過ぎる面があるように思われる)

ところが、「帝国」のエリートたちは、ある国での人権抑圧には知らぬ顔を半兵衛を決め込みながら、特定の国の人権抑圧は国際介入の対象として、軍事介入、戦争手段の行使も正当化するのである。

この現実に対して、われわれはいかなるオルターナティブを提出するのか。

絶対平和主義は、たしかに一つの「回答」ではありうるとも言える。しかし、ただ「軍事介入反対」と言うだけでは、人権抑圧等の現実の解決にはならない。日本の単純「護憲派」の弱さの一つはその点にある。

では、軍事介入を肯定し、ただし、介入の基準等について、もっと明確な基準を創り出すようにすればよいのだろうか。私は先の『グローバル時代の政治』では、その種の叙述をした。しかし、現時点では、それでは不十分だと考えている。やはり、軍事力の行使を皆無ではないとしても、最大限少なくする方法を追求すべきだろうと思う。

そこで、一つ、ヒントとなるのは、冷戦終焉プロセスでのヨーロッパ共通安全保障システムの形成・確立過程[いわゆるヘルシンキ・プロセス]におけるソ連・東欧圏での人権抑圧問題への取り組みではないかと思う。ソ連等の人権市民グループから、「東西の平和共存の前進が謳いあげられると、ソ連政府の国内人権抑圧に正当性を付与されることにつながる」として、ソ連政府の人権抑圧を不問にふしながら共通の安全保障システムの構築に進む西側政府への批判が提起され、西側社会の市民グループの協力もあって、ヘルシンキ・プロセスに人権問題が組み込まれたという経緯がある。サハロフの解放などは、こうしたプロセスによって可能になったものである。さらに言えばソ連の“平和”的解体という事態も、アメリカの軍事的圧力によるのではなく、このプロセスがもたらしたとも言えるのではないかと思う。

私はかねがね、冷戦終焉プロセス、とりわけ「欧州共通の家」構想やゴルバチョフの「新思考外交」、さらにそれらとソ連・東欧内部での市民的運動の成長との関連を、もっときちんと総括・教訓化すべきではないかと論じてきたが、いま、その感をいっそう強くするのである。

最後に蛇足になるかもしれないが、北朝鮮をめぐる情勢をめぐって、ここまでに述べてきた議論に即して考えておきたい。北朝鮮・金正日政権の意図は明確である。政権・現体制の護持が主眼である。そして、世界の多くの人びとは、多くの人民を餓死にすら追い込んでいる金正日政権、独裁政権の存続を望んでいない。そこで、北朝鮮に対して、軍事的圧力を徹底的に加えることによって金正日の妥協・屈服を引き出すべきだというのが、ネオ・コンの主張であり、さらにまた日本を含む国際社会の基本的認識でもあると言えるのである。

だが、別のアプローチもありうるのではないか。「北朝鮮が核を放棄し、拉致問題も完全解決しなければ交渉しない」というのではなく、国際社会が北朝鮮と徹底的に交流し、人もカネも北朝鮮に向かうという流れを創り出したとき、はたして金正日の独裁体制は護持されるのか、それとも内側から崩れ始めるのか。私は後者の可能性があると思うのだが、いかがだろうか。
  • posted by 薩摩長州 
  • URL 
  • 2006.12/03 13:27分 
  • [Edit]

 

TBありがとうございました。
独裁は常に起こり、独裁は悲劇の最後を迎える。
  • posted by 詩音魔 
  • URL 
  • 2006.12/06 14:40分 
  • [Edit]

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Faslane365

「ペガサス・ブログ版」より Asahi.com の記事をTBされましたので、引用します。なお、この記事を読む前に、前の記事 を読んでから見て頂きますと、記事のタイトル「Faslane365」とは何ぞやの意味がわかりやすいかと存じます。***************

映画 ベルリンオリンピック「民族の祭典」

『民族の祭典』リーフェンシュタール(女性監督)ナチス ヒトラーの時代のオリン

9.11の真実とは ドキュメンタリー「Loose Change」

あの映像を見た時、 なにかの映画か? と思った。 現実味が無かった。 9.11以来、世界は大きく変わった。 もちろん日本も。 なぜ、あのような事が起きたのか? 理由は?目的は?誰がやったの?

「イラク撤退論」に思う?

イラク戦争の是非論については多くはコメントはしない。個人的には、高度な政治選択として、「開戦」無無し、政治的結論を支持しないでも否定しない。むしろ否定することができないのが建前であり(国際法的にはイラク戦争

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土佐高知

Author:土佐高知
男性/スライム系(LV61・HP715・MP1952)/高知県に生息/酒席は好きだが、晩酌はしない/どちらかといえば「凝り性」/美徳は「きまぐれ」/ウルトラマラソンに向かって日々鍛錬中!!/嫌いなことは陰口と意見を無視する態度
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