土佐高知の雑記帳

四国西南部から徒然なるままに、祖国の右傾化、田舎切りすてに異議申し立てほえる。靖国神社の戦争犠牲者冒涜に怒りの発信!軍需産業=吸血鬼を暴き出すお気楽バンパイア・ハンター(^○^)

Entries

21世紀「生類憐れみの令」

坂東眞砂子さんの「子猫殺し」をポリネシア政府が問題にするらしい。
アホらしいというか、慎重に対処しなければこの国のモットーである「自由・平等・博愛」が泣くだろう。



しかし、猫殺しが悪で、去勢や子宮除去が動物愛護だとする、狭隘な思想には愛想がつきる。

どちらがいいか、それはあくまで相対的なものであって、絶対的なものではありえない。そもそも不自由な環境で人間の愛玩具にならざるを得ない、ペットを飼うこと自体が動物虐待であるということを、すべてのペット愛好家は前提として考えるべきである。

そのうえで、「こちらの方がよりペットのためだと思う」と控えめに言えばいいものを、あたかもこちらが善だと主張しあうところにおかしな問題がおきるのではないか。

死に場所を見つけることができないペットたちは、いまどんな受難をうけているか。
たとえば、猫は本来死期が近づけば、人目をさけて死ぬ場所を探して死ぬという。
それが彼らの美学なのだろう。

ところが、去勢や子宮除去されたペットの猫たちは、死ぬこともできず部屋の中で飼い殺しにされてしまう。その結果、認知症になったり、あげくのはては管だらけの形で一生を終えなければならない。
そんなことまでして「可愛がる」ことがはたして動物愛護といえるか。

それを動物愛護だとか言われた日には、強い疑問と嫌悪感をもつ。

この問題での喧騒ぶりに、「生類憐れみの令」の愚行を重ねて考えることは、決して無意味ではあるまい。


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*Comment

よく勉強してから発言を求む! 

日経コラム、子猫殺し以降の坂東氏の反論も勉強してから、お書きになるべきでしたね。ハンセン氏病、ナチによる断種までもちだし、苦しき答弁を展開されてますよ。ちなみに私は子宮体癌で坂東氏よりはるかに若く子宮、卵巣、リンパ節をとりましたが、彼女自身は御自分の女性の性器の部分をいじられるのが嫌だから、猫もしないそうです。私は癌になってから命の尊さを再認識し、食物、実験動物の命、色々感謝していきています。また、個人の力で捨てられた動物を保護してきました。無理な延命を強いた事はありませんが、汗も血も、お金も出さず、勉強もしないあなたの意見に、かつ高知の人であることにも興味をもちコメントをここに残そうと決意いたしました。ぜひ、メールを下さい。おまちしています。

猫の死体が見つからない理由 

 猫(というか野生生物)は、怪我にせよ病気にせよ、とても体調が悪い場合は外敵から見つからないようなところで体を休めるものです。
 その結果として、人(外敵)には死体が見つからないだけです。

 猫に美学って・・・
  • posted by 一応ね 
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  • 2006.09/25 01:06分 
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回答を求む! 

あなたからの回答を楽しみにまつ者です。病人なので、是非、生きているうちにききたいものです。あなたの他のページについては口を出しませんし、類似した考え、また年代も同年代と見受けられました。平和ボケが綱吉になってさわいでいるわけではありません。戦争のない今だから、動物愛護なのです。動物愛護週間にこの文章をのせたあなたの感性は問われるでしょう。童話 かわいそうな象 あたりから入門される事をお勧めします。また、ハンセン病患者がいかに子供を持ちたく、ホルマリン漬けのわが子の遺骨でもと探している話と生まれた子〔猫〕でも崖から突き落とし、野良猫を増えないように身銭をきっている個人を攻撃した事、猫の生態について、無知な事
あなたはまだまだ勉強して発言するべきです。購入は無駄ですが、図書館、ネットで、坂東氏の記事、作品を読まれたらよいとおもいます。彼女の無知、暴言が、多くの性同一障害、私のような婦人科の癌のものを嫌な気持ちにさせ、病気と闘う意欲を失わせます。場所が場所だけにみな口にしないだけです。ようは、去勢された人間〔金玉、子宮、卵巣〕の無い人間は生きている価値がないし、自分はそうなりたくないないと。ナチスの断種にふれながら、ペットのジーャマンシェパードの子は残し、雑種のほうの子は殺す女性です。雑種の方は小屋も与えないそうです。高知のハチキンさんはみんなそうなのですか?私は外国では日本人の例、代表にみられると思い最小限のマナーはまもりますが、あなたの文面と高知の方という事で是非、高知の方とお話がしたいのです。

やれやれ・・・ 

犬猫を飼うこと自体が動物虐待ということに、大多数の人が気付いたなら、犬猫(だけについて論じます)のこの国での不幸はほとんど無くなるでしょうね。野生動物と異なり繁殖をコントロールされることが家畜なわけですが、これを良しとして、当たり前のように犬猫が売られ、当たり前のように犬猫が買われ/飼われ、当たり前のように犬猫が譲渡され(ゆるい譲渡条件が多い)、当たり前のように飼育放棄され=保健所で殺処分され又は野良になり、当たり前のように捨て犬や捨て猫に餌を与えて不幸な犬猫を増やし(一部の無責任な人)、当たり前のように捨て犬捨て猫を保護する・・・我が家にも元捨て犬、捨て猫がいますし、身銭をきって増えないように手術していますが、動物愛護にのっとってやってるとは微塵にも思っていません。一方で無責任な連中の後始末をしていることになるので、こちらの方の対策に力を入れなきゃと思ってます。ところで、不妊去勢手術は、法律で義務付けられていないので、手術をして生まれないようにするか、生まれた子を殺すかは飼い主の選択でしょうね。手術する方が殺すより人道的だという意見の方が多いと思いますし、私もそう思いますが、これを論じること自体人間のエゴになることは頭に入れておくべきじゃないかと思います。いずれにせよ、将来自分の飼おうとするペットを自分で殺す・・・つまり飼えなくなったがもらってくれる人もいない場合に、捨てたり保健所に持って行く(他人に殺してもらう)ことをせずに、自分で殺す覚悟のある人のみがペットを飼うべきじゃないかと思います。その意味で坂東さんは飼い主としての社会的責任は果たしていると思います。社会的責任を果たしていない人がゴマンといる日本で何故1人の人間が攻撃されるのかその理由を知りたいと思うのですが、これをきっかけに、動物を飼うことの意味について深く考える人が増えればいいと思います・・・一番いいのは飼わない事だと思いますけれど・・・
  • posted by ドラ 
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  • 2006.09/25 10:45分 
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やれやれですね。
臨床心理学ではこういうお話が昔からあります。
「身体的精神的障害を抱える人は自己の欲求のはけ口にペットを飼うそうです。」事実、この傾向は統計学的に立証され、身体的心理精神的な障害を抱える人のペット保有率は健常者のそれよりも高いことは立証されております。ペットを飼うことは自由でしょうが、エゴイズムであることの極地ではありましょう。代替効果という事象なのですが、残念ながら、この投稿者はその行為のエゴを認められない方だと推測されます。もし、飼われることを拒否してるペットがいたら・・ということに心及ばない人は現実的には多いということは否定できないでしょう。人は生きる限りはエゴを抱えるわけであって、それをどこまで覚悟して行動するか、という問題でしょう。
この問題の深遠はペットをどう飼うか?ではなくすでにペットを飼うことそのもののエゴという真理性さえも抵触せねばなりません。その点では、ペットを飼ってる人は批判されるだけの行為としての認識は当然持ち、そのエゴを認めるのが、当然であるべきなのですがね。
議論になるのは、ペットを飼うことではないわけですが、自分は無罪と思う人の「絶対正義」は醜悪な私刑を見出せます。
ちなみに、食物連鎖の頂点に存在する生物としての人間の行動は「正当性」あるとは思えないし、それを「不当」とも思えません。ただ少なくとも、程度論において人類が必要以上の食物連鎖として必要以上の搾取を行い、不要な動物を死、生を生み出してるということは是認されるべきでしょう。趣味でのハンティングであっても、それが生態系維持であっても、自然に依存していればバランス調整できたものを人類は破壊してるわけですからね。
そういう自分は以前ペットを飼っていて、ペットの死を受け入れられず、それ以来、ペットを飼えないヘタレですがね(苦笑)
ちなみに、時代背景が変われば、堕胎への見解が変わるわけですが、ペットもおそらく時代背景の変化によって可変的なのでしょうがねぇ。
ちなみに、坂東氏も支持しませんが、氏を批判する人の自慰的なエゴイズムはもっと支持できません。もちろん、ペットによって精神的癒し効果を期待してる飼い主も同じです。
ちなみに騒動が鎮静化した背景になにがあるか?おそらくペットを飼うことのエゴイズムそのものの自覚が生まれてきたのだと思いますがね
補足:この癌の人の言説をどう取るのか?は高知氏自身の問題でありましょうが、高知氏が今度は自慰行為の”はけ口”になる可能性があることを示唆しておきます。自慰行為にどう付き合うか、は氏の判断ですが、自分の論理の正当性を論理的に説明できない人は、所詮は”他者批判によって自己正当化できる”という、善悪二原論に収斂するだけの部類であると思われます。そういう短慮な人間に対して、教唆しても理解に至れる確率は低いということだけは指摘しておきます。
相変わらず長い。反省(`・ω・´)
  • posted by self57 
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  • 2006.09/25 11:52分 
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私は自分が正義だと思っていないし、あなたを自慰行為の対象にもしていません。身体的にフグ?になる前と私の行動はかわっていません。何も行動しない、へたれは何もいう権利はありません。あなたのブログの読者に異常な屁理屈コネやがいるので、公開しないコメントにかえます。私に精神的疾患があるのなら、今から医者に行き精神判定をしていただきますが。私が言いたいのは、ただ、勉強をしてからとりあげてくださいということです。あなたの得意なジャンルでなかった事はもう、わかっています。政治離れの進むなかこのブログがあえて、戦争、9条もろもろとりあげているのは、感銘しているのですから。ぽちっと押していきます。違う記事には。

動物好きさんへ 

高知氏に勉強しろ・・・という前にあなたも勉強する必要があるのでは・・・と思います。動物愛護、動物愛護週間というように愛護という言葉を当たり前のように使っている人たち皆に言いたいことなのですけど・・・何故なら「愛護」が(無意識のうちに?)「虐待」の免罪符になっていると思われるので・・・
  • posted by ドラ 
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  • 2006.09/25 13:24分 
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もちろんです。私ももっと、勉強し今より、成長したいと願ってます。もっと、頑張ります。

 

「自由・平等・博愛」???

生まれたばかりの子猫にも生存する自由を!!
生まれたばかりの子猫にも平等に生存権を!!
生まれたばかりの子猫にも愛を持って命を!!

  • posted by 特定日本人です(T 
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  • 2006.09/25 13:48分 
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>私は自分が正義だと思っていないし、あなたを自慰行為の対象にもしていません。身体的にフグ?になる前と私の行動はかわっていません。
・さて、正義とは言ってないなら、なぜ批判ができるのでしょうか?ペットを飼わない人とペットを飼う人ではそのエゴイズムが違いますね。おそらくあなたの文面をみて、10人が10人あなたの文面に自己正義を見出すことが可能でしょうね。あなたが意図でせずともね。理由:断定系の多さ、命令形の多さ、糾弾した文章構成(臨床心理学ではこのような文理展開を強迫神経症の漸次状況などとしてたように記憶しております)
さて自慰行為ではないなら、動物を飼うことそのもののエゴイズムは理解できますが違いますか?この文面の論点はそこですよw
当然、ペットを飼ってる時点でエゴなわけですからね。
>何も行動しない、へたれは何もいう権利はありません。
・さて、ヘタレだから発言権はないのでしょうか?これは明白にあると言えるでしょう。つまり暴論です。暴論を展開してるだけのことですね。何もしないことは、行為に対する中立性を意味することもあります。当然、中立性ある立場がその場で意見を発露することは社会的に許される行為であります。これを禁止することは、当然、「表現の自由」に抵触することでしょう。
>あなたのブログの読者に異常な屁理屈コネやがいるので、公開しないコメントにかえます。私に精神的疾患があるのなら、今から医者に行き精神判定をしていただきますが。私が言いたいのは、ただ、勉強をしてからとりあげてくださいということです。
・屁理屈と言う言葉の構造を教唆しましょう。屁理屈と言う言葉はそれが論理として成立しないと使えない言葉です。その論理を否定するだけの反論が可能ではない以上は、論理として一定の正当性が見出すことが可能です。同時に、その理論を覆せないが故に、「屁理屈」という逃避言葉を使うこともままあるわけです。端的に言うならば悪人の「覚えていやがれ」というセリフと同質とも解釈可能でしょう。論理ではなく感性で語るのは子供の所作です。コメントは自由ですが、子供相手にするつもりはございませんので、あしからず

ちなみにあなたは何を勉強するんですか?生命倫理、それとも坂東氏を批判するブログをみて勉強だとのたまうのでしょうか?勉強というならば何をもって具体的に指摘されるのでしょうか?そこらを精査して言わないとまったく口だけになるでしょう。
ちなみにこの問題は文化人類学、生の哲学、動物学、生物学など諸種の学問と倫理で構成される問題です。どこらを勉強しての発言なのか、是非教えてもらいたいものです。同時に、その勉強の証である論理でも提示できれば素晴らしいでしょうね。
ちなみに、自説のコアは、社会臨床論と臨床心理学から学説を盗用させてもらってます。知識があることは重要ではなく、懐疑する気概と学ぶ能力こそが真摯なる価値を生み出すわけですが、それを求めるのは普通でも困難ではあるでしょうね。それが逃避行動(精神疾患予備軍や患者の傾向であるが)になりやすい人ならなお更、こちらがある程度の留保、負けてあげるという演技を伴うことでもありますしね。
  • posted by self57 
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  • 2006.09/25 14:17分 
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>高知氏に勉強しろ・・・という前にあなたも勉強する必要があるのでは・・・と思います。動物愛護、動物愛護週間というように愛護という言葉を当たり前のように使っている人たち皆に言いたいことなのですけど・・・何故なら「愛護」が(無意識のうちに?)「虐待」の免罪符になっていると思われるので・・・

現実的には虐待になりえてる現実があるでしょう。例えば、繁殖ブリーダーなどで無責任に繁殖させる人(埼玉で火事になって60匹死んだ事件もありましたが)や、動物愛護の精神を逆手に募金活動をする人、動物愛護の美名の活動でその生態系を破壊する人だって堂々といます。こういう方々は、愛護してることに意味を見出していて愛護対象の動物だけにしか目がいかないこともしばしばです。同時に、動物愛護精神は全ての動物に平等ではない側面があるわけで、そこらから加味して評価することが重要なわけです。動物愛護の精神が目的化し不純化してきた経緯(国際捕鯨委員会など)を鑑みれば、その団体を精査するべきでしょう。
生きることの残酷さを理解できない生存権を確保された人類(人類全てではないが)は、生きてゆく辛さを理解しないまま、幸福のうちに死ねるわけですが、そういう方々の坂東氏の批判は自慰的だとしか言えませんがね。ちなみに、動物愛護大国で有名な豪州は動物を観光資源化して外貨を確保しましたが、それがどこに流れたか、動物愛護で野良猫に餌をあげ続けたおばちゃんが死んだ後の世界は、・・・本当の意味での動物愛護は何もしないことだと思いますがね。
  • posted by self0507 
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  • 2006.09/25 14:34分 
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>self0507
長くて中身の無いコメントを書き散らさないで下さい。
気持ち悪いです。
  • posted by Jun 
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  • 2006.09/25 16:24分 
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>長くて中身の無いコメントを書き散らさないで下さい。
気持ち悪いです。

そういう言葉遊びのヒマ人しかここにはこないんでしょうね。相手にするだけ無駄です。
  • posted by bon 
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  • 2006.09/25 16:38分 
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>そういう言葉遊びのヒマ人しかここにはこないんでしょうね。相手にするだけ無駄です

まぁ、その通りだわなぁ。そういう自分も、ヒマ人に含まれるわけだが、言われてもどうとも思わないし、理解する能力も気概もないなら、それはそれでいいんじゃないの?
客観的にみて、内容を詰められないでクダ巻いてるのは、ガキの所業だし、この程度の文章を読めないようでは、読書量も・・あれなんじゃないの?と思われ。
まぁ、当然、ヒマ人の仲間入りした事実は当事者達も、自分の言動から理解してるとは思われるがもしかして、自覚なかったりするのかな?
  • posted by self0507 
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  • 2006.09/25 17:28分 
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>本当の意味での動物愛護は何もしないことだと思いますがね。

世の中から犬猫がいなくなって(犬猫だけに言及します)何もしなくて済むのならバンバンザイですが、現実はそうではないですからね・・・飼わない運動でもしたいですがまあザルに水でしょうし。飼わない運動しつつ、飼い主に責任感を持たせるべく動くことが必要かなと思いますし、実際に動いてはいるのですが・・・動くと言えば、生まれた子犬や子猫を川や海に放り投げたり、地中に埋めたりするのって地方では結構行われていますが、坂東さん批判の人たち、これからこれらの子犬や子猫殺し糾弾に動き出すのでしょうね。 あれ?動くならとっくに動いてるはずですね・・・少なくとも、動物愛護活動してます・・と言う人で坂東さん批判をした人は、動いてほしいと思います・・・坂東さん1人を攻撃しただけであったのなら、情けないの一言。
  • posted by ドラ 
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  • 2006.09/25 23:35分 
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ドラ氏へ
人類が始めて狼と強制関係を構築して、それが犬として人類の相棒化した経緯があるわけですが、現代のペットと飼い主の関係は「共生」であるのか?という疑問を提示せざるをえません。
人間が生きるために犬と相棒として選択し、狼も生きるために人類を相棒としたわけだが、今の関係は”よりリアルな「生きるため」”ではなくTOY化した関係であるといえるわけです。使役動物としての人類と動物の関係とこのTOY化した関係を精査するべきなのですが、愛護団体は、使役だと糾弾する。自分は自然に発生したといえるこれらの共生関係まで否定する愛護団体などを理解できないし、不自然な共生関係である現代を批判するというよりも、警鐘を鳴らすことこそ、地球生態系の保護だと思っています。
坂東氏とその批判者とも、ギルティであることをまず了承しなければならないわけで、批判者は批判することで、そのギルティさを回避しようとする作為性さえ感じられる。そんな中で現代人の動物感を大前提とする批判者と、より自然に回帰してるとも言える坂東氏との相克があるというだけのことなんだろう。エゴイズムの自覚とその覚悟というテーマ性をもてれば、程度の差異として、批判者は自分のエゴと坂東氏のエゴを秤にかけられるわけではないだろうか?ある種、坂東氏の問題は、事実を公的な空間で告知したことであろうが、人間の「生とエゴ」を見つめる姿はそれはそれで表現に値することなのかもしれないが、理解はし難い。その態度と気概だけは評価に値するにしても・・
  • posted by self0507 
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  • 2006.09/26 05:46分 
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>エゴイズムの自覚とその覚悟というテーマ性をもてれば、程度の差異として、批判者は自分のエゴと坂東氏のエゴを秤にかけられるわけではないだろうか?

確かにそう言えるでしょうね。でも、批判者は批判するという時点では自分のエゴおよび人間のエゴに気付いていらっしゃらないわけで、事態が沈静化するとともに気付き始めているのでしょうか?私には事態が沈静化しつつあるのかよく分かりませんが、人々にペットを飼う事そのものがエゴだという自覚が生まれてきているのでしょうか?なんだか否という気もしますが・・・まあペットを飼うことそのもののエゴという観点からモノを考えることさえしきれない人は、動物を飼うことのエゴ・・・というところまでは広げられないでしょうし・・・・・動物好きさんは、ペットを飼うことそのもののエゴについてお考えになったのかしらね?

  • posted by ドラ 
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  • 2006.09/26 15:55分 
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コメントありがとうございます。 

すぐにお返事できなくてすみません。

この問題は、深く考える必要があると思います。
人間とペットとのかかわりについて、冷静に考えあうことが大切だと思います。

ところが、あまりにも感情的、扇情的に過ぎやしないか、というのがこのエントリーを立てた動機です。
でも、バッシング派にはつうじないような感じですね。

それらの反応もふくめて、近日中に新たなエントリーを立てたいと思っています。

 

ん~~通じないんじゃなくて、薄々は理解していて、痛い部分だからこそ逃避したいがために批判してる、という構造だと思うよ。(穿った見解かもしれないけど、それなら納得できるし、反論できない現状に整合性ありますし)
ちなみに、生物学的「共生」関係というお話については、時間があればブログで記事にしようとは思っています。
人類文化学的に、「人類がより発展(進化ではない)したことによる支配者意識がどう人類を生物として生態維持の弊害になったのか?」というテーマの本のレビューになると思いますけどね。
ちなみに、「飼い主達はペットを支配している側面で、支配されない自分をある種、その優越性に陶酔してる」、という指摘をある動物学者が指摘しておりますが、あまりにも有名人なのですが、この部分は知られないないお話ですw
  • posted by self0507 
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  • 2006.09/26 23:27分 
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土佐高知 サン 

ええ、通じないような感じですね。普段動物のこととか考えていないバッシング派に通じないのはしょうがないかなあとも思いますが、動物愛護やってる方たちがコブシあげてあちこち電話かけまくり、現地の愛護団体と連絡取って犯罪者にしてしまう・・・考えるとおそろしいですよね。ある意味とても滑稽なことをしてるようにも思えるのですけれど・・・自分がすることを時々検証してみること大事だと改めて思いました。
  • posted by ドラ 
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  • 2006.09/26 23:36分 
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通じない理由 

なるほど、深い考えなしで書いたんですね。
だから動物の生態に無知で猫の美学などと書かれたと。
私自身は何度読んでも「猫殺しが悪で、去勢や子宮除去が動物愛護だとする、狭隘な思想」に同意することはできません。
高知のはちきんさんにとっては殺しは悪、ではないのですか。
  • posted by SANA 
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  • 2006.09/27 11:41分 
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SANA さん 

「私は、vegan」と称する人なら「殺しは悪だ」と言えるのかしら?または、ジャイナ教の方とか・・・でも、完璧に言うことは難しいでしょうね。それこそ、動物由来の肥料や動物実験をして作られた農薬とかを使っていない野菜を食べないと「間接的な殺し」に加担していることになりますし・・・自然農法で作られた野菜ならOKなのかな? 

というか、よければ『「猫殺しが悪で、去勢や子宮除去が動物愛護だとする、狭隘な思想」に同意することはできません。』とおっしゃる理由を説明していただけないでしょうか?

  • posted by ドラ 
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  • 2006.09/27 13:44分 
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よそでも語りつくされてきたことですが、この問題と食肉は別のものです。
菜食主義者にのみ坂東を批判する権利があると言う方は「植物も生きている」という事実に気づいていません。どんな生き物も食物連鎖の中にいます。たとえveganでも。
その意味では(実験動物の存在も考えて)「殺しは悪だ」は「生命の維持のため以外の理由で殺すのは悪だ」に言い換えるべきですね。ちなみに私は菜食主義で、呼吸している葉っぱをむしったり切り刻んで食べています。

>よければ『「猫殺しが悪で、去勢や子宮除去が動物愛護だとする、狭隘な思想」に同意することはできません。』とおっしゃる理由を説明していただけないでしょうか?
同意できない理由はふたつ。まず坂東は子猫が生まれても飼えない(と本人が言う)状況下で、セックスこそが生という自分の価値観を猫に押し付けて妊娠させ、生まれたら殺しています。自分の生命の維持のために殺しているのではないようですね。子猫を殺すとき自分も殺していると書いているくらいですから。
そして、ペットに避妊手術を施した飼い主はほとんど良心の呵責を感じたのではないでしょうか? 子どもが生まれても飼えない、しかしペット用コンドームはない、自分のペットを捨てたり殺したりできない、と悩んだ上での結論でしょう。少なくとも私の知る例では、坂東が言うようにこれが正義と晴れ晴れして手術を受けさせた人はいません。
どうすれば避妊手術の選択を「なるほど狭隘な思想だ、殺しの方がいい」と同意することができるでしょう。
  • posted by SANA 
  • URL 
  • 2006.09/27 14:34分 
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ちょっと質問です 

>SANAさん
なぜ、ペットを飼うんですか?

素朴に思っちゃいましたんでm(__)m

はぁ? 

>なぜ、ペットを飼うんですか?

それは私に対するご質問ですか? 「私はペットを飼っている」という文章はどこにありますか?
そういうことはペットを飼っている人に質問なさるべきでは? あるいは生まれたら殺しを繰り返しながら飼い続ける坂東とか。
「捨てられていたのを放っておけなかった、でも一匹しか飼えない状況だから手術した」という人なら知ってますが、これは私の意見ではありません。ご質問の答えになりましたか?
以上で私のコメントは終えさせていただきます。このご質問といい、猫の美学といい殺しの肯定といい、まともなお話ができる場ではなさそうですので。
  • posted by SANA 
  • URL 
  • 2006.09/27 17:59分 
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なんかなぁ。。。 

文章の矛盾もあるみたいだし、全体的に「飼育動物は不幸だ」的な考えが底にあるようですが、動物と人間の間にコミュニケーションが取れない以上、その考え自体が全くナンセンスな訳なのでなんとも言いようのない部分もありますが。ただ、坂東氏の行為が善か悪かとの問いには簡単に答えが出ます。彼女の行為は現時点では悪です。倫理的にも法的にもそれは間違いありませんし、非難されてしかるべきです。その答えは簡単。その行為が彼女が住むタヒチの法によって規制されているからです。

法的にはともかく倫理的(思想的にといっていいかもしれませんが)にはどうかという人もあるかもしれません。ブログ主さんも主張されていますが、猫殺しと去勢とどちらがいいかについては、相対的なもので絶対的なものではありません。つまり、受け取る側の倫理観や道徳心によって変化するわけです。しかし、色々な意見があるから答えが出ないというのでは、人々か自分の考えで勝手に行動してしまう恐れがあり、社会が混乱します。この混乱を防ぐために法律があるわけです。法律は人々の倫理観や道徳心に一定の線引きをする役割があります。法律=倫理とは言えませんが、少なくともこの2つは近い関係にあるとは言えます。

法的には、日本では動物愛護管理法において動物への虐待行為が禁止されており、去勢が薦められています。タヒチの法律は良く知りませんが、日本と同じような感じのようです。法律と倫理が近い関係にあるということから、少なくとも日本とタヒチにおいては一般的に動物の虐待は倫理的に問題がある(つまり悪である)ということができ、坂東氏の行為は悪です。あとは、坂東氏の行為が虐待に当たるかという問題だけですが、これについては日本で非難が巻き起こっている状況、タヒチ政府が氏を告発したということから、残虐な行為と見なされていると言う事ができます。

もちろん、これは現時点での話です。将来的にはどうなるかは分かりませんし、いつか動物への避妊行為が法律で規制され、生まれてきた子猫を殺すことが是とされる日が来るかもしれません。人々の倫理観が変われば法律も変わり、法律が変われば人々の倫理観も変わっていくのですから。

もし坂東氏があくまで猫の避妊を悪とするなら、人々の意識(倫理感)を変え、法律を変える努力をしなければなりません。坂東氏を支持する人も同じでしょう。まあ、個人的には子猫は殺さないで欲しいですけど。

以上。長くなり申し訳ございません。それから、ブログ主さんは生類憐みの令は悪法だという意識があるようです。つまり暗に動物愛護管理法を悪法とみなしているようですが、生類憐みの令の悪法の評判は最近見直されていますよ。余談ですが。
  • posted by 中立・・・かな? 
  • URL 
  • 2006.09/27 18:11分 
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なるほど 

いくつか整理でき始めています。
まあ、法の問題で言えば、去勢はOKですね。
認知症になるまで飼っても、点滴してもOKでしょう。
そして、手に負えなくなったら保健所に引き取ってもらうのもOK。

それと子猫殺しは法的に絶対×なんでしょうか。
「みだりに」という文言は、法のうえでのグレーゾーンを認めていると思います。

その点では、いつもは法の方が融通はきかないのですが、この動物愛護管理法は、坂東バッシング論理よりも融通が利いているように思えます。

そこらへんも含めて後日。

えーと。 

一応申し上げておきたいのですが、私は法律が絶対的な善であると言いたいのではありません。ただ、法律は人々の行動についての善悪(倫理感)の判断基準になりうる、ということを言いたいのです。ご理解頂けているとは思いますが念のため。

それから、「子猫殺しは絶対×」か?について。おっしゃるとおり、動物愛護管理法では「みだりに」という言葉が使われているため、法的にも絶対にダメということはないでしょう。やはりその行為の背景によると思います。どのような背景があればOKなのかついては、現在までに動物虐待等で告訴され、勝訴した例、敗訴した例を調べるしかないでしょうね。結局、法律を解釈するのは裁判所ですし、裁判所の判断も積み重なった判例に基づいて行われるでしょうから。ただ、これはかなり大変になると思うのでお勧めはしませんが。

では、次の記事頑張って下さい。
  • posted by 中立・・・かな? 
  • URL 
  • 2006.09/27 19:10分 
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長文ですが 

ペットを飼う心理
まず根底にあるのが嗜好の問題。
そして癒し(人間の子供の代替もココね)や治療や情操教育。
次に家族の潤滑油(ペットを仲介して会話が成り立っている家庭もあるんですよ)として。
最後に衝動的に飼ってしまった(笑。ペットを飼う理由はこんなところでしょ。

土佐高知さん
>そもそも不自由な環境で人間の愛玩具にならざるを得ない、ペットを飼うこと自体が動物虐待
飼われて不自由になるケースもあるでしょうが、ペットを飼うこと自体が動物虐待とはいかに?

>それが彼らの美学なのだろう。
猫がそんなこと考えてるとは初めて知りました(w

>認知症になったり、あげくのはては管だらけの形で一生を終えなければならない。
なんで去勢・避妊が↑につながるのか分からない。しかも認知症になったり管だらけの形で一生を終えるペットってどれだけいるのかなぁ、、俺はあんまり聞かないけどね。つーか悪徳獣医で無い限り「楽にさせてあげましょう」って言いますが。
っで、女史への批判の多くはちゃんと管理しろってことだと思いますが、それを生類憐れみの令と重ねるのはいかに?

ドラさん
>生まれた子を殺すかは飼い主の選択でしょうね。
下に書きますが片方は合法、片方は犯罪という違いがありますね。
>生まれた子犬や子猫を川や海に放り投げたり、地中に埋めたりするのって地方では結構行われていますが
遺棄したのなら50万円以下の罰金刑、みだりに殺したのであれば一年以下の懲役又は100万円以下の罰金という犯罪なので、あまり堂々と仰らない方がよろしいかと(汗
ちなみに動くの警察です(爆

self0507さん
>本当の意味での動物愛護は何もしないことだと思いますがね
さー、それはどーでしょー。
たとえば犬ですが、過去に人間の生活を便利で安全にするために品種改良されて作られた犬に、今さら何もしないことが動物愛護ですと?
ペットとして飼えない野生動物・知能の高い動物を飼うことは動物虐待であり、生まれて死ぬまで何もしないことが良い場合もありますが、人間の影響を受けない自然ってどれほど残されているのだろうか。。いくら自然界の生き物だとしても人間がその動物の生息地を奪っておいて絶滅するまで待つことが動物愛護とは言えないし。。人間さまも人間さまで勢力を広げようとするのは自然といえば自然ですしね。胆略的な解決方法なんて無いですね~、、あ~困った困った。

>人類と動物の関係とこのTOY化した関係を精査するべきなのですが
女史の件とは違う話になってしまいますが、問題は犬がTOY化したことではありませんし、TOY化は今に始まったことではありません。問題は↑に書いたように品種改良されまくって中には本能的なものが薄れてしまっている犬種もいます。これらの犬とどう付き合うかの問題ですよ。種の保存という観点から純血種を淘汰してしまうということも出来ませんしね。あ~困った困った。

SANAさん
>この問題と食肉は別のものです。
同意。それと同時に他の人が言うようにエゴに解決を見出そうとしても見出せない問題ですわな。
ちなみに私は殺すにしても避妊するにしても「死」をちゃんと見てんのか?ってことを言いたいわけで、どちらを選択するかといえば避妊がベターであると思っています。
だから女史の考えには同意することも少々ありますが、選択はアホだと。
  • posted by キンピー 
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  • 2006.09/27 19:24分 
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あ~困った困った。 

>品種改良されて作られた犬
ホンマやね。
知り合いも飼っていますよ。パピヨンという犬(^○^) 。
これなんか、野生には戻れません。

罪深き人間たちですわ。

エゴ・ペットを飼わないことなんて言ってもね。 

エゴって言ってしまえば肉食にまで話を広げて考えなきゃならない。
程度の差は個々によって違うから「批判されるべき」とか言われても。。。
エゴにエントリーの答えを見出そうとするなら、どこかで自慰をしなきゃならない。しかもそれを他人に押し付けなきゃならないわけで(笑
人間の手の入っていない自然が限られている中、ペットを飼わないことが動物愛護だとも言えません。また人間が過去に品種改良した動物もいます。それらを淘汰(絶滅)させることが動物愛護ですか?
エゴに解決を求めるのも、ペットを飼わないことに解決を求めるのもあまりにも胆略的ですよ。

ペットといってもそれぞれ違いますから、個々に付き合い方を考えていくしかありません。
便利な法則なんて無いんです。
  • posted by キンピー 
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  • 2006.09/27 19:45分 
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>エゴって言ってしまえば肉食にまで話を広げて考えなきゃならない。
当然ではないですか?人間だけでなくすべての生物が己の本能に従って生きているわけで、エゴの程度の差があるのは必然でしょう。それを受け入れられないからこそ、エゴをして認識の希薄さ(つまり生きていることそのもの背負う罪科の問題)に対応できないのではないでしょうか?
>エゴにエントリーの答えを見出そうとするなら、どこかで自慰をしなきゃならない。しかもそれを他人に押し付けなきゃならないわけで(笑
自慰でしょう。しかし、その自慰が必然なのです。それなしに生物が生きているわけではないように、自慰も当然存在する摂理になるでしょうね
押し付けというよりも理解するに簡単なことではないでしょうか?押し付けるというほど困難な理解が必要なことではないでしょう。小学生でも分かってくれましたが?
押し付けだと思うのは、自己のエゴを相対できないゆえの自己防衛のための逃避活動だと認識しえます。
>人間の手の入っていない自然が限られている中、ペットを飼わないことが動物愛護だとも言えません。また人間が過去に品種改良した動物もいます。それらを淘汰(絶滅)させることが動物愛護ですか?
その限られた自然が一番、無為的な存在であるではないですか?同時に淘汰させるというのは人為的行為ではなく自然にゆだねることでありますのでお間違いなきように
ペットを飼わないことが愛護だと述べてる人がいるのでしょうか?より、エゴにならないためには、ペットを飼わない、という方法が最善策だと、述べてるにすぎません。
そもそも愛護とはその主体によって可変的でありましょう。無理に保護体系下にして、その原種としてのあり方が変わってしまった生物もいますし、人類との関りで進化の革新が起こった生物もいるわけですから、動物愛護というのは、主体と時間、場所によって可変であるし、自然バランスを維持したまま、愛護ができるというならば、是非、そのような事例を知りたいとは思います。(突き詰めて言えば、動物愛護とは普遍的にありえない、ということです)
>エゴに解決を求めるのも、ペットを飼わないことに解決を求めるのもあまりにも胆略的ですよ。
解決などありません。エゴを持つのが必然である以上はその程度の差異の問題であるということです。同時にそのエゴとどう相対するか?という問題です。
>ペットといってもそれぞれ違いますから、個々に付き合い方を考えていくしかありません。
ペットという言葉の定義を厳密にはできませんが、前述したとおり。”共生関係”は許されるうる相互の利害一致であろうということです。共生という生物学的用語を一般的に解釈すると、ペットも共生関係でしょうが、ここで言いたいのは「よりリアルな生」という意味での共生関係であります。
ちなみに「胆略」という言葉は、知略を意味することで、ここでは政略、諜略的意味はありませんので、”短絡的”という言葉が妥当というか、胆略の意味分かってるとは思えない。
キンピー氏は少し文章を理解してから意見を述べてほしいと思います。
  • posted by self0507 
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  • 2006.09/27 20:26分 
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キンピー氏へ
動物愛護という行為でそれが普遍的にすべての動物の生態系に寄与できるといえるものがあるのでしょうか?
前文で分かるようには指摘しておりませんが、ある特定の種類の動物を保護すれば、その食物連鎖のバランスが崩壊します。同時に、食物連鎖の鉄鎖から外して、TOY化(動物園などもそうだが)することで。その原種としての生態系を維持してると言えるのでしょうか?
動物愛護という美名はあくまでも差別であり、普遍的な動物愛護はできない、それだけのことです。
言及しておりますが、動物愛護によって偏った生態系が形成された国家としてオーストラリアがあります。保護という美名の下、TOY化して絶滅したものとして、日本のニッポンニアニッポン(通称トキ)も該当するでしょう。
何も手を下さないことは、自然治癒力に依存することと同時に、人類がしてきたエゴの結果を如実を理解させるための行為です。自然はすべての動物に公平に試練と恵みを供与するものです。しかし、人類は差別します。厳密にいえば、差別せざるをえないほど、破壊したというべきでしょう。だからこそ、自省の意味で自然に回帰するべきだというわけです。
それともあなたは普遍的で平等な動物愛護活動が人為的にできるといえるのでしょうか?愛護はエゴ以上に危険であることを述べることになりましたが、より大局的に見れば、そういうことになります。
キンピー氏の動物愛護はおそらくそれこそ自慰なのだと思われます
  • posted by self0507 
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  • 2006.09/27 20:50分 
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横からすいません。 

「解決などありません。エゴを持つのが必然である以上はその程度の差異の問題であるということです。」ということですが。
解決などないならば議論すること自体が無駄ということになりはしないでしょうか。問題を解決するために議論しているわけですから。
それに、エゴの程度の差異というのは結局個々人により差が出てしまうものですから、議論においてエゴに解決を求めることは水掛け論になるか議論自体が平行線をたどる恐れは十分にあると思いますので、キンピーさんの言うことにも一理あると思いますが。
それから「「よりリアルな生」という意味での共生関係」の「よりリアルな生」というのはどういう「生」なのですか?
  • posted by 中立・・・かな? 
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  • 2006.09/27 20:56分 
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>問題を解決するために議論しているわけですから。
解決しない問題が存在するケースでは議論をしないということになりますがそうなのでしょうか?議論は「解決ありき」ではなく考えるため、価値観の相克を踏まえて思案するために存在するものだと思います。たとえば個人的な道徳の問題など議論してそうそう解決に帰結することはありません。議論とは相互認証を積み重ね相互理解のためにあると思います。その上で解決(相互尊重など)が存在してるだけではないでしょうか?同時に、まず結論ありきの議論も存在します・ディベートも解決ができない前提で行われることが多々あることを考えれば、解決を前提にするのは、狭量だと思いますが
>議論においてエゴに解決を求めることは水掛け論になるか議論自体が平行線をたどる恐れは十分にあると思いますので
水掛け論でしょうか?まず、前提としてエゴを理解すれば、程度論として自分の問題が分かるのではないでしょうか?それが分かれば、批判することそのものの自慰性が理解できますから、何も言わなくなる行動によって解決でしょう。その上で弁明、抗弁するのも議論でありましょうし、議論に平行線はままあることで、解決を前提にすることがまずもって、不可思議ではあります。
それともあなたは解決することができるほど、説得力をもって議論してるのでしょうか?それでないなら、あなたの議論のスタンスは瓦解するのですが?(少なくとも、あなたの言説で解決に至れるアプローチはできてないとは思いますが?)
>「「よりリアルな生」という意味での共生関係」の「よりリアルな生」というのはどういう「生」なのですか?
サバイバリティがない動物が自然の支配下で存在しえるでしょうか?(例外にコロニーや親子関係における保護環境)・・・これが「よりリアルな生」のお話です。
そもそも、解決というのは、主体によって変わるわけであって、両者とも合意した解決、両者とも独善的に導き出した解決と存在しえるわけです。その点、議論においては前者の合意に至る解決が必要だと言うのでしょうが、努力目標でしかないとキッパリ言及しておきます(辛らつな物言いをすれば、議論は解決するためにある、という思考は自分の中では解決させているだけのことであることがしばしばありますので、そういうオチにならないことを祈ります)
  • posted by self0507 
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  • 2006.09/27 22:18分 
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SANA さん 

>この問題と食肉は別のものです。
菜食主義者にのみ坂東を批判する権利があると言う方は「植物も生きている」という事実に気づいていません。

植物にまで広げると焦点がぼやけてしまうと思うので、動物で線をひいて考えるべきじゃないかと思うのですけれど・・・

日本語でも「牛がいる」とは言うけれど「キャベツがいる」とは言わないですし。何故か?動物は自ら動き植物は動かないからです。動物の生と植物の生は著しく異なります。

ペットも食べられる動物も繁殖をコントロールされ、その動物らしく生きられないという点で共通していますから、ここを切り口として考える必要があるのではないでしょうか?
「生かす」=「生」と「殺す」=「死」をモノを考える時の出発点にすると「生かす」=「善」で「殺す」=「悪」という結論に突っ走ってしまうのでは?

たくさんのコメント!明日ゆっくり読ませていただきます。
SANAさんもまた意見書いていただけるとウレシイのですけれど。私、やりたいことがあって、皆さまのいろいろな意見を参考にさせていただいてます。
  • posted by ドラ 
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  • 2006.09/27 23:07分 
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self0507さん
トキはハンティングが原因でしょう。
短絡⇔胆略…脳内で変換してください(w
>動物保護
貴方の「何もしないことが動物保護」という考えに対して、何もしない事が動物保護にならないケースもあると指摘したまです。

>エゴ
>エゴにならないためには
肉食もエゴだとしている貴方がどうしてペットを飼うエゴから逃れる議論を展開しているのです?
程度の差を言うのであれば、肉食のエゴによる世界的な食糧不足の方がもっと問題でしょ。
私は再三言っているように、エゴという言葉で個々の問題を覆い隠すのは良くないという意見です。

>その限られた自然が一番、無為的な存在であるではないですか?
その限られた自然に動物を放した場合、生態系はどうなるのでしょうか?(w
>同時に淘汰させるというのは人為的行為ではなく自然にゆだねることでありますのでお間違いなきように
結果が安易に予測されるのに、「自然にゆだねる」ですか(w

前にお会いしたときも言いましたが、議論のための議論には興味はありません。
  • posted by キンピー 
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  • 2006.09/28 02:14分 
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キンピー氏の限界 

知性は足りない方ですね。もっと論理的に善悪と離れて思考できないのでしょうか?
>トキはハンティングが原因でしょう。
その原因が人類のエゴであることのお話です。それともハンティングは自然な行為なんですか?
>短絡⇔胆略…脳内で変換してください(w
まずは間違いを認めましょう。この程度の間違いを指摘されて、笑ってる時点で羞恥心の無さが露呈しますよ。(というか、恥かしくないわけ?)
>肉食もエゴだとしている貴方がどうしてペットを飼うエゴから逃れる議論を展開しているのです?
同じエゴによる行為だからです、人は誰でもエゴであって、肉食のエゴもペットを飼うエゴも同質に分類されるということです。ただし、人類の食生活において、肉食が自然ではないという論理は存在しないので、より肉食のエゴは多くの人が抱える問題である一方で、ペットを飼う必要性は非常に限定的かつその必要性が「生」に深くかかわらないことからエゴとしての質が高いということです。(この程度の文脈の意図も理解できないのでしょうか?
>私は再三言っているように、エゴという言葉で個々の問題を覆い隠すのは良くないという意見です。
なぜよくないのか?この論理がまったく提示されておりません。それともなんですか?あなたはまず他者の論理を否定することから始まって、自分ではなにも論理を展開しない卑怯な部類ですか?否定するならばそれに適応するような反論を提示するべきだと思うのですが、それもしないで「頭から否定ですか?」・・そういう行為はあまりにも傲慢かつ破廉恥だと思いますが?
>その限られた自然に動物を放した場合、生態系はどうなるのでしょうか?(w
あるべき生態系になるだけです。人為的な要素を排斥すれば自然淘汰などのあるべきシステムが働くだけのことです。それに人類のエゴがあると言えることはないでしょう。動物が自然に支配される形態が自然であることから論理付け可能です。
>結果が安易に予測されるのに、「自然にゆだねる」ですか(w
そうですが?で、あなたはどういう結果が予測されるんですか?是非、事例を含めて説明してください。自然に戻して絶滅したり、原種としてのありようが変わった動物がいるならば提示してください(少なくとも、私が知る限りでは自然に回帰させたことで絶滅した種族は知りませんし、それが人類のエゴである論理はありません。)
>前にお会いしたときも言いましたが、議論のための議論には興味はありません。
言動不一致です。議論のための議論であると解釈するならば、無視するべきでしょう。このような言動は自己矛盾であり、あなたの言動そのものが「思い込み」から発生する結論と「前提」「思い込み」ありきの展開です。
是非、持説を補完する、もしくは、こちらの思考論理二反論する事例や論理を展開してみてください
私はあなたのような「こう思うからそれが正しい」と思う思考停止(ある学者は「馬鹿の壁」とか言ってますが)からは逃れる努力をしてますし、議論は解決だけを求めてるわけでもないことも理解しております。
説得力も証左性もない感性だけを述べた文書は小学生の読書感想文以下ですよ。それがあなたの書き込みです。(議論になるような展開のある文章ではないということです→論理的ではない、思い込みであるから明確に反論でき、その反論に反論できないことが容易に推測できることから)
まずは他者否定する前に、自分を怜悧に見つめる努力を希望します。特に間違いを笑ってる時点で「羞恥心がない」と思われるのは当然でしょう。
  • posted by self0507 
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  • 2006.09/28 05:09分 
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私は一つひとつ考えていくしかないと申し上げております。
何も思考停止しているわけではありません。
議論のための議論としたのは、貴方がエゴは当然としながらも、反論するためにはそれとは逆のことを言い出す。また、貴方ほどの方が限られた自然の中に動物を放てばどうなるか想像がつくはずなのに、それも人為的ではないと仰る。
まともに議論するには不誠実。ただ「あー言えばこう言う」式で混乱させているだけです。

それと貴方の文書の中に挑発するような言葉が並べられておりますが、もう少し冷静になられては?

私の思うところはすでに述べましたので、このエントリーに書き込むのは止めておきます。それでは。。
  • posted by キンピー 
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  • 2006.09/28 09:04分 
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>全体的に「飼育動物は不幸だ」的な考えが底にあるようですが、動物と人間の間にコミュニケーションが取れない以上、その考え自体が全くナンセンスな訳なのでなんとも言いようのない部分もありますが。

例えば、一日に1度か2度散歩に連れて行ってもらうだけで、一日中戸外で鎖につながれている犬。本来草食動物であるのに、狭い牛舎で歩き回ることもできず、穀物を与えられて暮らす寿命のない牛。生息地から拉致されて狭い檻の中で見世物になっている動物園の動物。肉食動物の餌になっている他の動物・・・状況判断をすれば、不幸に思えるのだけれども・・・どうでしょう?

>ペットを飼わないことが愛護だと述べてる人がいるのでしょうか?より、エゴにならないためには、ペットを飼わない、という方法が最善策だと、述べてるにすぎません。

>肉食のエゴもペットを飼うエゴも同質に分類されるということです。ただし、人類の食生活において、肉食が自然ではないという論理は存在しないので、より肉食のエゴは多くの人が抱える問題である一方で、ペットを飼う必要性は非常に限定的かつその必要性が「生」に深くかかわらないことからエゴとしての質が高いということです。

何だか私の言いたいことを言っちゃって下さってる感じですが、「肉食が自然でないという論理は存在しない」ことはないと思います。5,6年前だったか、中央公論にフランスの文化人類学者のレヴィ・ストロースの「狂牛病の教訓」(副題 人類が抱える肉食という病理)という文章が掲載されましたが、「肉食が自然でない」と考える人は結構いらっしゃるのではないかと思います。もちろん、「肉食が自然ではない」と考えたくない人の方が多くて、まだまだ少数派になるのかもしれませんが・・・

それと、「狂牛病の教訓」にも書いていますが、このまま家畜の食料が確保できるのか?という問題がありますし、家畜を飼うことと環境の問題とかいった切り口で考えることも必要でしょうね。

  • posted by ドラ 
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  • 2006.09/28 17:21分 
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議論とは一方的に述べることなのか? 

>私は一つひとつ考えていくしかないと申し上げております。
・考えていくならば、そn考える過程に存在する主観に至った論理があるはずです。議論はその論理に価値があるとは思いますが、キンピー氏は主観論ばかりのぶつけあいで議論になると思ってるのでしょうか?ここらが議論に望む姿勢の問題ではないでしょうか?
>議論のための議論としたのは、貴方がエゴは当然としながらも、反論するためにはそれとは逆のことを言い出す。また、貴方ほどの方が限られた自然の中に動物を放てばどうなるか想像がつくはずなのに、それも人為的ではないと仰る。
・意味がわかりません。同時に反論にもなっておりません。まず、「貴方がエゴは当然としながらも、反論するためにはそれとは逆のことを言い出す。」当たり前です、エゴが普遍的であるわけで、エゴを悪ともしておりませんし、問題はそのエゴを自覚できるのか?ということです。何度も指摘しておりますが理解できないのでしょうか?エゴが自覚できれば、自責することもできるでしょうし、当然、己の浅ましさを理解することができ、坂東氏の論理に一定の正当性があることも認知できるでしょう。同時にエゴとより自然にある動物という主体性のテーマからみれば、坂東氏がより正当性があることも理解できるはずです。(ちなみに、文章力がないのか?と自問してみましたが、中学生、高校生でも意味は理解できておりますが、どこが分からないのでしょうか?言及してある自己のエゴを認証しないのは、そのエゴを否定したいがための逃避行動だと言う論理性が合致しえると思えて仕方ありません)
「限られた自然の中に動物を放てばどうなるか想像できる」なんておこがましいことはできません。それは地球上にそのような自然などマダカルタル、ニューカレドニア、ギニア高地以外ではそんな世界はありませんし、それでさえも人為が介入しています。つまり、そのような想定が可能な空間さえありません。それが回答です。それほど自然が変質してしまい、自然が残っていないわけです。はっきり言いますが、これを回答するのはあなたのはずであり、私ではない。質問の逆質問は回答が出ることは稀だと思われますが、そこまで思考が及ばないのでしょうか?
>まともに議論するには不誠実。ただ「あー言えばこう言う」式で混乱させているだけです。
・そもそも議論になってるとも思っておりません。まず論理もなく主観だけの展開を議論というほど、そこまで落ちぶれておりません。(そこは同じレベルにされては困ります。)現実に論理を展開せず、こちらの反問、反論、質問にさえ回答していないあなたが議論してると思う人はどれだけいるのでしょうか?是非知りたいものです。あなたの議論とは、自説を一方的に羅列するだけのことではないでしょうか?それを議論というならば、あなたの日本語の辞典はかなりの不良品でしょう。
「あー言えばこう言う」式で混乱させているだけ、というのはあなたの主観でしかありません。例えば、ドラ氏などは反応みれば分かるように、こちらの言説に論理を見出してるからこそ、重複した指摘を行っているわけです(こういうのを事例証明といいます)。あなたが「あ~だ~こうだ」だと思うことに価値を見出せる人がいる以上は、それを無視するのはいかがなものでしょうか?そもそも、反論していない不誠実さを自責しない態度がまともでしょうか?
>私の思うところはすでに述べましたので、このエントリーに書き込むのは止めておきます。それでは。。
・上記の文面でキンピー氏の議論の意味が分かるとは思います。議論とは「私の思うところはすでに述べました」から起因するようです。さすがにこのような人の議論とは、この程度のものなのでしょう。
で、結局は、無視するという自分の宣誓さえも守れないことで、キンピーの言動不一致はここに明確に証明されましたが、それをどう判断するのか?は見てる方に委ねます。
  • posted by self00507 
  • URL 
  • 2006.09/28 21:55分 
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>猫殺しと去勢とどちらがいいかについては、相対的なもので絶対的なものではありません。つまり、受け取る側の倫理観や道徳心によって変化するわけです

これは、「飼う」ということが前提になっていますが、もうひとつ、どちらも良くないという考えも成立します。つまり「飼わないのがベストだ」と考える者にとっては、法律で「不妊去勢手術(=虐待)をしましょう」という指針を示すこと自体が?になります。

まあ、今現在はこういう意見を述べても多勢に無勢ですが、世の動物愛護を唱える方たちが率先して、「飼うのは当たり前」という固定概念を切り崩して、「実は飼わなければ、猫族の苦難も消滅するのだ」ということに気付いてほしいと私(たち・・・理論武装に長けてるお仲間がいるのです 笑 )は考えています。

あと、土佐高知さんのブログにお邪魔したばかりで、ナンですが、議論をする場は、ユーモアありジョークありのcomfortable な雰囲気が漂うものであってほしいという気がします。

(旧名 どら)
  • posted by ふわふわ 
  • URL 
  • 2006.09/29 10:28分 
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ナントカの威をかるふわふわさん。

”理論武装に長けてるお仲間がいるのです 笑”って、自分の言葉で語れないのを自慢してどうするの? 

生命の議論に”ユーモアありジョークあり”ねえ。お仲間がいるのがユーモアとジョーク? なら納得。

質問があるんだけど。

”法律で「不妊去勢手術(=虐待)をしましょう」という指針”について、初めて聞いたけどいつだされたの?

”猫族の苦難”って何?
あなた自身も猫を飼っているんじゃないの?

このくらいなら自分の言葉で語れるよね?
あっ、それから返事は短いセンテンスで頼むね。年だから読むの疲れちゃって。


  • posted by けろり 
  • URL 
  • 2006.09/29 18:42分 
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けろりさん 

ここのコメントを最初からお読みになって、わたくしが言いたいことをご理解していただく努力をしていただき、

その上で、なおかつ、ご理解できないところを整理して、
もう一度、ご質問してください。なお、context を無視しないでくださいね。

  • posted by ふわふわ 
  • URL 
  • 2006.09/29 20:22分 
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言語能力に長けておられるのは解りますが、お馬鹿な私の為に日本語でお願いできますか? つまらないところで行き違いたくありませんので。

さて、質問ですが、
・法律で「不妊去勢手術(=虐待)をしましょう」という指針が示されているのか、いないのか。
・猫族の苦難とは不妊去勢手術のみをさすのか? それとも他にもありますか?
・飼われないことは猫にとって具体的にどんなメリットがありますか?
・飼われていることに不妊去勢手術の他にどんなデメリットがありますか?
・「飼わないのがベストだ」と考える理由は?
・この案は犬も対象ですか?

あなたの持論をきちんと理解したいので、できうるかぎり具体的に、また簡潔にご回答お願いいたします。
  • posted by けろり 
  • URL 
  • 2006.09/30 03:26分 
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>法律で「不妊去勢手術(=虐待)をしましょう」という指針”について、初めて聞いたけどいつだされたの?

・これは法律の部類ではなく生物の生のテーマから想定してみてください。生物はその子孫を残すことを遺伝子上の責務としてその生態を保持しています。苦しい努力の結果、子孫を残し、そのためだけに生きている生物もいます。つまり生物の目的はその遺伝子の保護だということも生物の行動から推測できます。これが論理的生殖ということになるでしょう。人類も遺伝子情報を運ぶだけの生態である可能性があります。近年の人類は動物的な繁殖期という特殊な期間を設けることもなく、年中繁殖期であることや医学的限界を超え、生命を生み出している部分など、倫理学、生物学をも軽く凌駕した局面で「生殖義務」を保持してるということです。(個人的には認めていない論理ですが、そうであることが地球上の生物の基礎であるといえるほど、普遍的で例外が人類以外では想定できないことからのお話ですが)
このお話は、ダーウィン、メンデル、ヨシュア・レダーバーグ、フランシス・ゴールトン、他には「疑似科学」である優生学の多くの学者はそのような見解を提示しております。特段古くないお話です。(遺伝子という概念と同時期に発生したといっても問題ないです)
堕胎などの計画出産は古くから人倫として存在しておりまして、現代の慣習にも残っております。非常に問題がある行為ですが、A・フジモリ氏は先住民族の人口制限という主張で堕胎を強制したりすることもあったわけで、法律という側面でも、倫理的な側面でも存在しております。ちなみに、キリスト教において、堕胎を明確に否定する解釈論は原典にも存在しません。堕胎否定論は後発的に解釈されたということです(おそらくアウグスティヌスの時代だと思います)

>生命の議論に”ユーモアありジョークあり”ねえ。お仲間がいるのがユーモアとジョーク? なら納得。

生命の議題にも関わらず、TPO次第でユーモアとジョークはナンセンスだとは言えないでしょう。経験則からすれば、高度な情報の蓄積が行われる研究会や学会などではすでに基礎的な事実認証が終わり、論議が紛糾することもしばしばいです。そのケースではウィットに富む発言を行うことが特段回避されることではないでしょう。ちなみに、イギリス議会などを見ても、そのようなウィットのセンスが必要だと思うこともあります。(ただし、ウィットを理解できる相手か?という見極めが困難を極めるでしょう、中にはそれを理解できない人もいるので、そういう部分でTPOを選ぶとは言えるでしょう)

>猫族の苦難とは不妊去勢手術のみをさすのか? それとも他にもありますか?

リビアヤマネコの時代から常に猫は苦渋でしょう。生きることがそもそも苦渋であるわけで、虚勢のみを苦渋とするだけの理解は難しいでしょう。まず、猫の感情が分からない以上はある程度は推測の範囲でしかないわけです。しかし、生物の有り様という問題を根本的なテーマとして、よりリアルな生を思案すれば、ある程度はその苦渋の度合いも想定できるでしょう。ある程度は我々、人類と同じように、動物にも自己決定権が備わっているとは思いますがね

>飼われないことは猫にとって具体的にどんなメリットがありますか?

飼われている猫が甘受しなければならないデメリットを回避できるメリット、これです。飼われることは、支配されることになるわけで、それを類推解釈すれば簡単なお話です。

>飼われていることに不妊去勢手術の他にどんなデメリットがありますか?

考えれば分かります。自己の意思での行動が制約され、飼い主の意向を主体とした行動に制約されることです。野良猫の行動範囲と飼い猫の行動範囲は広さが当然違いますし、自己行動の決定権が明確に飼い猫は制約された上で生きているといえるでしょう。食べたくない餌しか与えられない苦痛、飼い主に拘束される苦痛など

>「飼わないのがベストだ」と考える理由は?

動物の有り様において、人為が及んでよかったと言い切れることがないことから鑑みたお話でしょう。自然の生態系維持が間違うというならば、人為を否定するにいたりませんが、自然よりも人為が間違ったからこそ、地球上の生物の一部が大規模に死滅した事実関係から明白でしょう。

>この案は犬も対象ですか?

犬や猫ではありません。すべての生物に等しく扱うために自然が存在するわけです。そうやって、特定の種類だけに特化した議論そのものが、人類ベースの思考であって、より自然に中におけるひとつのパーツとしての人類という意識があれば、動物に唯一等しくある存在は、自然だけであるということです。人類は等しいわけではありませんからね

そもそも、ペットだけに収斂した問題提起であるわけではなく、坂東氏は動物全体をも含めて問題提起してるといえるでしょう。そのテーマ性が、「よりリアルな生のありかた」「エゴイズム」というベクトルで整理できるのですが、なぜそうもペットという方向性に収斂させようと言うのでしょうか?むしろ、そういう部分で違和感さえ感じます。その違和感はペットだけは特殊な事情で家畜や馴致しない動物は議題にあがれないという人に指摘できることです。非常に差別的な行動を堂々と行使し、さもありなん、としてる人には、特に指摘したいお話です。
「よりリアルな生」「エゴイズム」のお話からの見地ですがね
ちなみに、年だから読むのが疲れるなら、読まないほうがいいと思います。自分の都合で相手の言動を制約するのは、いかがなものでしょうか?簡潔に述べることを否定しませんが、それを強要するのも問題ですし、疲れるという自己都合のベースをそのまま相手に適用させようというのは、エゴでありましょう。(やっぱり、こういう人って自己都合しか脳裏にない、と思われるんですよね。こういう言動を見ると)
この議論を狭くしてる人を見ていると、ペットは特別であるというエゴがベースにあります。まずはそこから立ち返るべきではないでしょうか?人類も動物であるようにペットも野生動物も等しい命である、とは思いますが・・・まぁ、人によっては自分の関わるものしか愛情はもてないというより視野狭窄な価値観な人もいるわけですけどね。
たぶん、理論武装の件は自分のことであると、自推しますが、可能であるなら、こちらの理論がどう問題を孕み認められないか?という部分での指摘を行ってほしいものです。おそらくドラ氏と私のテーマ性は大よそ、被るでしょうし、結論の過程も類似性を持つとは推測しますが、同じとは言い切れません。
(こうやって、理論武装しないで感性ベースにしてる人を見てるとその傲慢さがまたよく分かりますので、こういう手法させてもらってます。エゴをエゴで自衛するのに対して、エゴをエゴとして認め、より受任できるだろう普遍的な「生のあり方」というアクセスを模索することは、無為ではないと思いますので)
  • posted by self0507 
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  • 2006.09/30 05:52分 
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けろりサン 

self0507さんが、私の言わんとするところをおっしゃって下さってますけれども、私も回答しますね。

ただ、火曜日まで忙しくなってしまったので、火曜日以降か、あるいは、時間が取れた時に書きます。

>この案は犬も対象ですか?

犬や猫ではありません。

そういうことで、犬や猫だけに特化して述べ得ることではないのですが、ご参考までに、今現在犬族にもたらされている苦難の具体的な例を見ていただくことは出来ると思います。とりあえず、“広島ドッグパーク”で検索してみてください。何が苦難かということのほんの一例ですが・・・
  • posted by ふわふわ 
  • URL 
  • 2006.09/30 09:50分 
  • [Edit]

 

# self0507 さんへ

想像力が豊かなかたですね。色々とすてきなレッテルを貼って頂き、ありがとうございます。
また、質問の対象にしなかったという理由で、私の他の動物に対する思いを、勝手に創作する力はとてもすばらしいものをお持ちですね。
 
理論について認められないと言いましたか? 確か”理解したい”と書いたはずですが。自分が常識としていることを違う角度から見直すことは常に必要と考えております(いつも多数が正しいとは限りませんし、気づかぬ内に心理操作されている可能性もありうる訳ですから)。ましてや失くしたら取り戻せない命の問題ですから、広い意見を聞くべきと考えます。

ふわふわさんへのお願いは、貴方のやたらに長いコメントが念頭にありましたので。このお願いが言動を制約する為と受け取られたのは残念です。ふわふわさんには大変に失礼なことをしてしまいました。申し訳ありません。

余談ですが、漢字を間違えてましたよ。他の方の漢字を間違えを指摘する以上、気をつけるべきでは?




ふわふわさんへ

別掲示版であなたの書き込み(たぶん)
を見つけました。それを熟読すればあなたの考えが伝わってくるかとおもいます。上記のあなたへの質問は取り消します。所詮、当の動物達の声を聞くことができない限り、すべては人の推論でしかないわけで、不毛な質問でした。
 広島ドッグパークのことは紹介以前に知っていました。極論を見せていただかなくともそういう苦難があることは十分
知っております。牛、馬、鶏、うさぎ等、彼らに対する吐き気をもよおす程の現状も承知しております。
その中で特に猫を取り上げたのは、遭遇率が高いからです(特に捨て子猫)。産まれてきたからには幸せになって欲しいと願うからです。
あなたからもっと具体例を聞きたかったのですが、どうやら理論武装に長けてるお仲間のかたが私を敵とみなしたようです(そう受け取られても仕方のない書き出しでした。非礼をお詫びいたします)。
残念ですが、ここからはこれで失礼します。

どらさん=ドラさんだったんですね。今日知りました。ドラさんとは別人なので平仮表記したのかと、勝手に思い込んでました。ニブイですね。






  • posted by けろり 
  • URL 
  • 2006.10/01 09:55分 
  • [Edit]

 

>想像力が豊かなかたですね。色々とすてきなレッテルを貼って頂き、ありがとうございます。

感謝されても困りますね。なぜそういう解釈にいたるのか・・という説明もしておりますが、それくらいは読んでみましょうね。それとも疲れるのでは読みませんか?(この部分の批判は甘んじて受けるべきでしょうがね、逃避なさっているという事実は変わりません)

>質問の対象にしなかったという理由で、私の他の動物に対する思いを、勝手に創作する力はとてもすばらしいものをお持ちですね。

簡単なことで創作する、類推するしかないから行ったまでで批判されるいわれはありません。それともあなたは人生で一度でも類推解釈をしないご立派な方でしょうか?そこらも精査すればまったくもって自説が水泡に帰すことも分かるのですがね?

> 確か”理解したい”と書いたはずですが。
理解したい、というのは「希望」を示す日本語であり、理解した(認識した)という事実関係を示唆しておりません。(理解することを前提とした文面であるという解釈ならば、「希望」を使う必要性はありませんからね。未然系ではここでは問題はNGです)この程度の日本語は小学生でも分かります。もっと自分の発言の事実関係を見直すべきではないでしょうか?

>余談ですが、漢字を間違えてましたよ。他の方の漢字を間違えを指摘する以上、気をつけるべきでは?

間違いがあるなら指摘してください。その上で訂正することはヤブサカでありませんので(それで訂正しないなら批判にはなりえるでしょうがね)

私はあなたにもう少し短慮ではなく、言葉を厳密に理解する努力を求めます。そういう部分で長い文章は疲れるから・・というあなたの発言がやはり本質的な人類の自己都合と怠惰であるとは言えるとは思います。私はそこまで想定して言動はしていますが、その批判は受け入れる、と受け入れないで次元が変わることも注意喚起しておきます(このケースでは、あなたが自己都合を前提にしてることから、批判されるのは仕方ないでしょう。)
要は言論における姿勢の次元であなたはその水準が低いという問題と、より言論における精査した言動という部分での問題があるということなのですが・・それを認めることは困難ではあると思います。(まぁ、きっぱり認めないでも、心の中でその不足を理解すればよろしいのですが)
  • posted by self0507 
  • URL 
  • 2006.10/01 12:03分 
  • [Edit]

けろりサン 

>その中で特に猫を取り上げたのは、遭遇率が高いからです(特に捨て子猫)。産まれてきたからには幸せになって欲しいと願うからです。
あなたからもっと具体例を聞きたかったのですが、どうやら理論武装に長けてるお仲間のかたが私を敵とみなしたようです(そう受け取られても仕方のない書き出しでした。非礼をお詫びいたします)。

↑????????
質問に対する回答を取り急ぎ書いたのですが、敵?あれ?なんだか理解不能です。仲間とは一緒に動いていますがこのエントリーのことは知らないのですけれど・・・

>上記のあなたへの質問は取り消します。当の動物達の声を聞くことができない限り、すべては人の推論でしかないわけで、不毛な質問でした。

これも????? 私、当の動物達の声を人100倍聞いてるつもりなんですけれど、私、どのような方を相手にしているのでしょう?あまり時間がなく急いで書いたので、今、けろりさんの書き込みを読んで???と思いつつ補足が必要だなと思いましたがとりあえずまとめた回答を書きます。

>①法律で「不妊去勢手術(=虐待)をしましょう」という指針が示されていてるのか、いないのか。

不妊去勢手術については、「動物の愛護及び管理に関する法律」の第7条に基いて定められた「家庭動物等の飼養および保管に関する基準」に、原則としてその家庭動物等について去勢手術、不妊手術、雄雌の分別飼育等その繁殖を制限するための措置を講じること」という指針が定められていますけれど、

けろりサンは、不妊・去勢手術=虐待とした点を問題にしているという解釈でいいのですよね?「繁殖を制限するために不妊・去勢手術等の措置を講ずること」という指針の「不妊・去勢手術」に「虐待行為であるという認識」が内包されているか否か?と考えた時、答えは否だと思います。何故なら、奨励している不妊・去勢手術が罰則の対象になり得ないからです。

>②猫族の苦難とは不妊去勢手術のみをさすのか? それとも他にもありますか?

飼われることで繁殖をコントロールされること、また飼われる結果、医食住および自由に関して十分に配慮されない生活を余儀なくされる状況や飼育放棄が生じる=苦難だと思います。具体的には、ご自分でネット等でお調べになってください。

>③飼われないことは猫にとって具体的にどんなメリットがありますか?

②の質問と関連すると思いますが、self0507さんの「飼われている猫が甘受しなければならないデメリットを回避できるメリットがある」という説明につきるのではないでしょうか。

繁殖をコントロールされること、医食住および自由に関して十分に配慮されない生活を余儀なくされるということ自体がなくなるわけですから、これはメリットになるのではないですか?

>④飼われていることに不妊去勢手術の他にどんなデメリットがありますか?

②および③の質問と重なると思いますけれど・・・

>④「飼わないのがベストだ」と考える理由は?
飼う側にも飼われる側にもメリットがあると思います。いくつか例を挙げますと、

飼う側のメリット

○猫は室内飼いが奨励されていますけれど、ということはトイレの砂やトイレ用シートなどのゴミを大量に燃やすことになるので、大気汚染の原因になる。また、行政サービスで殺処分された猫も焼却されるため同様のことが言える。飼わなければ環境に負荷を与えないし、これにかかる税金を他にまわせる。

ペット用のシャンプー容器など諸々のグッズ=やがてゴミ・・・の発生を防げる。

猫を飼うのは環境に悪い!これが一番重要だと思います。

○将来的に猫の餌が確保できるかという保証がない。(人間だってそうですよね)

○住民間トラブルがなくなる。(行政の担当者は苦情に頭を抱えています)

飼われる側のメリット

③の回答と同じ。人間に利用されるということ自体がなくなる。

>この案は犬も対象ですか?
当然、犬も対象です。理由は④と同じ。

以上ですが、動物問題に詳しい方とは思いませんでした。ネットって自分の意見を広範囲に発信できて便利ですけど、ここで議論するって難しいですねえ。

>その中で特に猫を取り上げたのは、遭遇率が高いからです(特に捨て子猫)。産まれてきたからには幸せになって欲しいと願うからです。

たぶん けろりサンも人100倍動物のことを考えていらっしゃる方だと思うのですが、↑を読んで、動物問題の把握の仕方が若干異なると思いました。

これに関しては、また後日書き込みさせていただこうと思います。

あと、「飼わないのがベストだ」と言ってますけど、だから早急に犬猫なんかいなくなればいいと主張しているわけではありませんので、念のため。
  • posted by ふわふわ 
  • URL 
  • 2006.10/01 16:35分 
  • [Edit]

けろりサン 

>当の動物達の声を聞くことができない限り、すべては人の推論でしかないわけで、不毛な質問でした。

>彼らに対する吐き気をもよおす程の現状も承知しております。

>産まれてきたからには幸せになって欲しいと願うからです。

今、ゆっくり書き込みを読ませていただいて、以下のように思いました。

動物たちが人間の言語を話さないので、すべてが人の推論でしかないのであれば、人間側から見て吐き気をもよおす程の現状=動物たちの苦痛と正確に判断できないので、現状を承知しているとは言えないし、幸せになって欲しいと願ったところで幸せになったかどうか正確に判断できないので、そのような願いを持つこと自体無意味なのではないでしょうか?

質問に答えて欲しいということは、相手に対して時間のかかることを頼むわけですから、真剣勝負でモノを言っていただきたいと考えるわけなのですが、その辺り、よくお考えになってくださいね。
  • posted by ふわふわ 
  • URL 
  • 2006.10/01 22:58分 
  • [Edit]

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