土佐高知の雑記帳

四国西南部から徒然なるままに、祖国の右傾化、田舎切りすてに異議申し立てほえる。靖国神社の戦争犠牲者冒涜に怒りの発信!軍需産業=吸血鬼を暴き出すお気楽バンパイア・ハンター(^○^)

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映画「サクラ花 桜花最期の特攻」


きょう(16日)付けの「し

んぶん赤旗」日刊紙に、桜花特攻を描いた映画「サクラ花」の批評が載っていた。

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「桜花」とは人間ロケット爆弾。
日本海軍が特攻兵器の構想、設計、生産を始めたのは昭和19年4月。
軍令部第二部長の黒島亀人少将が「作戦上急速実現を要する兵力」として、九つの特殊奇襲兵器の実験要望を海軍省に行ったことから始まる。

このなかには後に特攻兵器となった潜行艇「蛟竜」「海龍」、特攻ボート「震洋」、人間魚雷「回天」があったが、「桜花」はそれとは別の系譜から実用化された。

8月に、大田特務少尉が発案して海軍に持ち込んだものが、源田実中佐の支持のもとに急速に実用化されたものだった。

概要は一人乗りで機首には1.2トン爆弾を装着、固体ロケットで37~60km(発射高度によって差がある)を飛行し、敵艦に体当たりする特攻兵器。
敵艦に体当たりさせるためには、航続距離可能なところまで一式陸上攻撃機などの双発機につるして運びそこから発射する。

Ohka_carried_under_the_belly_of_a_Betty_of_721st_Naval_Air_Group.jpg

全体で1.6トンの「桜花」をつるして飛行すると、時速500キロ程度の母機はさらに鈍足となる。
待ち構えている米軍艦載機の攻撃網をくぐりぬけていくためには、相当数の護衛戦闘機が必要となる。

200px-G4M_Type_1_Attack_Bomber_Betty_launching_Baka_G4M-10.jpg

しかし、昭和20年の日本軍にはそれだけの護衛機の数と、練度の高い搭乗員をそろえることはできなかった。

母機の8名の搭乗員と1名の桜花搭乗員のほとんどが、むなしく敵機の歯牙にかかって戦死した。

その特攻を描いた映画が「サクラ花」。
劇場上映は安田町の「大心劇場」で行われている。

8月には劇場外上映を高知でやりたい。


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神雷部隊桜花出撃 

人間爆弾桜花の部隊「神雷部隊」の岡村基春(もとはる)司令は、高知県人で、終戦後、出撃搭乗員の洋上慰霊祭を決行したあと、かつての隊員達との約束を守って、千葉県茂原旧海軍飛行場近くの鉄道損路に飛び込み、自決された。

その実妹、江草聖子(きよこ)高知大学名誉教授(英米文学)女史は、自決した日の明け方の夢に、基春氏の霊魂が、多くの、口々に空の勇士と讃える小さな霊魂に取り囲まれて、かえってくる不思議な夢を見たとのこと、

聖子氏の戦死した夫は、真珠湾攻撃の二次攻撃隊指揮官を務めた、江草隆繁少佐である。

終戦時における、神雷部隊の飛行隊長 湯野川守正大尉(生存)は、戦後、航空自衛隊で要職にあった人で、終戦まじかのころ、桜花で出撃する隊員を指名していたのはこの人だが、作詞家、湯川れい子の実兄だ。湯川れい子が、現在、自衛隊反対などを声だかに唱えて運動しているのは非常に奇妙な気がする。一種の自己防衛とうけとられても仕方があるまい。彼女の父は山本五十六の親戚の海軍提督で、で、彼女自身、父親の海軍の俸給で育ってきたのに

湯野川大尉は戦後も、占領軍の出方によっては、天皇陛下をお守りして日本の秘密の場所にかくまい、皇統を護持するという秘密司令で、343航空隊の源田実司令などとともに活動していたので、自決はしなかった。任務があったのだ。

岡村基春司令の実兄、岡村徳長氏は、この人も、根を洗えば、鶏群航空隊の名物飛行気乗りだった人だが、相当な奇人で天才肌の人、大東亜戦争の開戦前に上司と衝突し、海軍をやめて、飛行機会社を経営していたが、終戦のとき、突如ひらめきがあって、今あんたらの所属している、高知県共産党の開祖となった人だ。

戦後、天皇陛下が高知を巡幸されたとき、配下の共産党員一同を引き連れて、天皇陛下万歳を唱えて出迎えたというのは語り草になっているが、若い、あんたらは知らんだろ、嘘だと思うなら高知共産党の古老に聞いてみてくれ

東京地方の桜前線到着を知らせる、靖国神社の標準木のうちの一本は、神雷部隊の生き残り隊員たちが戦後に植えた、神雷桜だ。

出撃に際し、桜花搭乗員たちは、死んで、魂魄になったら、靖国神社の境内の、ある、きめた場所の桜の下に集合しようと誓い合ったが、戦後、生き残った隊員たちが、約国神社に参集したところ、そこには桜の木はなかった。これではいけないと生き残り隊員たちが植えたのが、あの神雷桜だ。

陸軍で、フィリピンの特攻作戦を指揮しながら、自分は内地に逃げ帰ったと指弾されている富永軍司令官の長男、富永やすし少尉は、父の汚名を晴らさんと、知覧より、敢然、特攻出撃して散った。

沖縄方面特攻作戦のうち、陸軍航空隊の分の総司令官であった菅原中将の長男も、高知空海軍白菊特攻隊の一員として、出撃を旬日に控えた配置で終戦を迎えた。

特攻は邪道な戦術であることは言を待たないが、日本の特攻作戦の指導者たちは、ビン・ラディンのごとく一夫多妻で自分はバカスカ子どもを生ませていながら、他人の家の大事なあととりを誘導弾に使って、口を拭っているような無責任な輩ではなかったことを銘記すべきである。旅順の戦いに自ら二人の息子を戦死させた乃木大将の昔からの伝統として、

これらの人々は皆、迫り来る日本の危機に敢然と立ち向かって本分を尽くした。そしてそれであればこそ、今日の日本があるのである。いままた海から迫りつつある中国来寇の危機に対し、崩れつつある世界秩序の風雲の中に、国家の独立を維持しようと肝脳を絞って奮闘しつつある、安倍自民党の邪魔をするなといいたい。

一体、あなた方共産党は、どう、外冦に対峙するのか、その具体策を聞きたいものである。それは勿論ある、とおっしゃるかもしれないが、その論は、一般の国民が聞けば児戯にもひとしい、非現実論だろうと思う。
  • posted by 特定日本人です(T 
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  • 2016.03/22 08:18分 
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一知半解は恥ずかしい。 

岡村基春、徳長、聖子兄弟妹の話はどこから仕入れたのか、出典が明らかではないので何ともいえないが、一知半解は恥ずかしいね。

例えば、徳長氏が「戦後、天皇陛下が高知を巡幸されたとき、配下の共産党員一同を引き連れて、天皇陛下万歳を唱えて出迎えたというのは語り草になっている」とは誰の弁なのだろうか?

出典を示さないとコメントのしようがない。

もちろん特攻隊員が「迫り来る日本の危機に敢然と立ち向かって本分を尽くした」ことは同意するが、その迫り来た米軍の原子力空母に乗って嬉々とする現代の首相を見たら、特攻隊員たちは何を思うだろう?
そんなことに思いは及ばないのだろうか?
  • posted by 土佐高知 
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  • 2016.03/23 22:23分 
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NoTitle 

出典は、江草聖子著<二つの時代~夫は艦爆の神様と呼ばれてーー光人社刊>です
徳長氏のエピソードは別の本だが小生書庫のいずこかにあるので近く調査の上、これも発言した責任上、報告しましょう。

もちろん特攻隊員が「迫り来る日本の危機に敢然と立ち向かって本分を尽くした」ことは同意するが、その迫り来た米軍の原子力空母に乗って嬉々とする現代の首相を見たら、特攻隊員たちは何を思うだろう?
そんなことに思いは及ばないのだろうか?>

あなたの意見はそこが全くおかしい、現在、アメリカと日本は和解し、共同して共通の敵性勢力である中国に当たろうとしている。その和解が成立したのも、日本が敵にまわすと恐るべき国だと、特攻隊の方々がすりこんでくれたからだ。

もちろんアメリカが日本を無力化しようと数々のウォー・ギルティ・プログラムを仕掛けてきているのもわかっている。しかしそれに乗らなければ良いだけのことだ。また、今ではアメリカ側があまりにクスリが効きすぎて、果たして日本は頼むにたるのか危ぶんでいる始末だ。

それに引き換え、日本共産党初代書記長の徳田球一などは、終戦後の昭和20年代、ペキンに亡命し、ペキンから放送で日本に向けて共産革命武力蜂起をよびかけていたのだ。

私の意見中の引用はすべて出展のあることだと申しのべておきます。

ところで、尖閣、沖縄に、南シナ海に伸びてくる中国の侵略の魔手に共産党はどう対処するのですか?
  • posted by 特定日本人です(T 
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  • 2016.03/24 06:28分 
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NoTitle 

7上の、天皇陛下万歳で出迎えた件、ネット上でも、以下のブログにありましたので急ぎお知らせしておきます。
【土佐の偉人⑯】岡村徳長:海軍の奇人 :: 高知ポタリング・ビール日記|yaplog!(ヤプログ!)byGMO</title>

あと、岡村基春、岡村徳長の両氏ともウィキペディアにもありましたので参照していただきたい。5
  • posted by 特定日本人です(T 
  • URL 
  • 2016.03/24 07:16分 
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なるほど 

失礼をいたしました。
一つは江草聖子著<二つの時代~夫は艦爆の神様と呼ばれてーー光人社刊>なのですね。
この本は私も読みました。
基春さん自殺のエピソードについては、上京する前に母とながいあいだ話していたこと、遺骨をとりに兄・徳長氏がいったとき、基地跡を遺骨と語りながらまわったという話が印象に残っていますが、夢の話はあったのでしょうか?
こちらも当たってみましょう。

彼の自殺については、おいの虎彦氏に直前に手紙をよこしたことは知っています。その手紙は虎彦氏の死去とともに焼却されていますが、特攻を進言したことにたいする悔悟の念がつづられていたと遺族からは聞いています。
これについては現物がないので確めようがありませんが。

わたしはあなたのようにアメリカとは和解し、敵性国家中国に対峙しているなどという見方には組しませんね。
日本防衛はあくまでも自立した発想で行うべきで、そこには多角的な情報収集能力としたたかな外交努力が必要だと思いますね。

占領下に作られた米国との人脈のなかでも、吉田氏などは独立を志向していたようですが、いまの安倍首相などは完全に媚米化してしまって情けない限りです。

特攻隊員たちをはじめ戦争でなくなった方たちは、こんな日本を望んでいたのでしょうかねえ。
わたしは違うと思います。
  • posted by 土佐高知 
  • URL 
  • 2016.03/24 11:25分 
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NoTitle 

特攻隊員たちをはじめ戦争でなくなった方たちは、こんな日本を望んでいたのでしょうかねえ。
わたしは違うと思います。>

この部分は、あなたとは全く違った意味で、全く同意見です。
百田直樹氏のカエルの楽園、面白いので呼んでみてください。
私はあなたは、そのうち覚醒して転向されると思います。
国を思う情熱はあなたも私も同じです。
  • posted by 特定日本人です(T 
  • URL 
  • 2016.03/24 23:18分 
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一致点は立場がちがっても 

立場が違っても一致点は大切にしたいですね。
右と左は相通じるところはあると思います。
意見は違っても心が通じ合って嬉しいです。
  • posted by 土佐高知 
  • URL 
  • 2016.03/25 12:36分 
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2つの時代 

江草さんの表記の本を借りてきました。
「夢」の話は真実でした。
前後のことは印象に残っていたのですが、「夢」の話は忘却していました。

ただ、夢に現れたのは、自決の日ではなく、千葉県警から報せのあった日でした。

筆山の墓所には行ってみたいと思っています。
  • posted by 土佐高知 
  • URL 
  • 2016.03/26 22:34分 
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兄弟物語 

あなたの夜毎の真摯な回答に、敬意を表します。

ところで、ごぞんじかもしれませんが、人間爆弾「桜花」の第一回攻撃全滅時の、桜花を懸吊(けんちょう)していく、一式陸攻の側の飛行隊長 野中五郎少佐も、司令の基春氏に負けず劣らずの、特異な人格の名指揮官でした。

今回の映画は拝見していないのですが、その中で彼はどのように描かれていたのでしょうか?

彼は本当は桜花攻撃には大反対だったのですが、湊川だよ。のひとことを残し、機上の人となって帰りませんでした。

彼には兄が一人いて、この野中兄弟も、岡村徳長、基春の、岡村兄弟にも、勝るとも劣らぬ日本史に名を留める兄弟でした。

と、いうのも、彼の実兄、野中四郎陸軍大尉こそは、2.26事件の首謀者の一人で、反乱軍の決起に、全陸軍が呼応せず、事終われりと知るや、何という日本の現状だ、のひとことを残して、とらわれの身となることを忌避し、潔くその場で、ピストル自決した人だからです。

弟五郎は、尊敬する兄の死に大落胆するのですが、海軍兵学校を卒業して航空隊の少壮士官となったころは、部下に対して、非常に口うるさく、「すまぬ、すまぬと言い訳するねえ、すまぬと思わば腹を切れ、俺のアニキは腹切って死んだ。」というのが口癖であったそうですが、ある事件を境に、態度が一変し、まったく部下に文句を言わなくなったとのこと

そのうちに、指揮統率の方法も変わってきて、号令台上に陣太鼓を配置し、本人は陣羽織を着て現れ、「野郎ども、殴りこみだ」と大音声(だいおんじょう)で呼ばわれば、
そのころから一兵にいたるまで、隊長に信服するようになっていた部下達も、口々に「合点だ。」と叫びながら飛行機に向かって飛び出していく、という具合の、なにもかもが博徒流の方式で、海軍航空隊では通常だと問題になるが、出撃のたびに大戦果を上げるので上層部も黙認していたと伝えられます。たぶん桜花攻撃の時もこうであったのでしょう。

日本史には、源義経を護って散った、佐藤継信、忠信の佐藤兄弟、富士の裾野の巻き狩りの曽我兄弟、西南の役の折の宮崎八郎、滔天(とうてん)の宮崎兄弟など、数多くの兄弟物語が残されていますが、昭和の御世(みよ)に、祖国の防波堤となった、岡村、野中の二兄弟の物語も、わが国の続くかぎり、国民の間に永く語り伝えられてしかるべきと思う次第です。

それにしても桜花特攻は、挙げた戦果の貧弱なのに比して、あまりにも惜しい人々を、それこそ散りゆく花のように次々失ってしまいましたが、春三月が来て、雛壇が飾られるころになると、私は、一番下の段の、左近の桜と右近の橘に目が行きます。

これは、京都御所の紫宸殿に実際に、殿上からみて左に桜、右に橘が植えられていて、そこを目印として、両方向に朝廷を護る衛士達が整列する目印だったとのことゆえ雛壇に飾られているのですが、その事に因(ちな)んで、大東亜戦争の末期、ロケット特攻機には桜花、ジェット特攻機には、橘花(きっか)の名が与えられているのです。

橘花(きっか)は、量産されず、試作機が飛んだ段階で終戦となったので実戦には用いられませんでしたが、日本人に世界で5番目にジェット機を飛ばした国民という栄誉を与えました。

私はいつも、春が来ると、自分の生徒に、こんな話をするのですが、---そうして、この<雛壇のロケットとジェット>の話は、私がオリジナルなのですが、---あるときネットのい某サイトに書き込んだら、その後いろんな方々が引用されているのには驚きました。

それはともかく、実は、今年の私の生徒中には、林兵曹が一回目に出撃した金剛隊で、一緒に出撃した、やはり17歳の隊員を大叔父に持つ青年がいます。林兵曹は一回目は引き返しましたが、この生徒の大叔父さんは、そのままかえりませんでした。

私は店頭で、この人の氏名が出撃搭乗員名簿に記載されていることを発見したので、貴殿の著書を買い求め、翌日、この生徒に進呈しましたが、貴殿のあとがきについてはまだ、何も彼には伝えていません。

春休みが終わって、彼が学校に帰ってきたとき、あとがきについて、どう感じたかを忌憚無く聞いてみたいと思っています。

もちろん聞いたあとで、私の意見を彼に伝えるつもりですが、しかし、私が後智恵を付ける前に、彼がどう感じたかを聞き取って、この板で貴殿にお知らせすることを約束しつつ擱筆します。
ながながとお付き合いいただき恐縮です。               敬具
  • posted by 特定日本人です(T 
  • URL 
  • 2016.03/27 00:52分 
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野中、岡村兄弟 

興味深いお話をありがとうございます。
また、拙著をご購入いただき、ありがとうございます。

<雛壇のロケットとジェット>の話は、始めてお伺いしましたが、興味深いお話ですね。
226事件の野中四郎陸軍大尉と、神雷部隊の五郎少佐兄弟との関係も興味深いものです。
時間があれば追ってみたい人たちです。

さて、貴兄とのやりとりのなかで、封印していた岡村兄弟のことについて再び興味を持ち始めています。
兄の岡村徳長氏の子弟である虎彦氏は、日本共産党高知県委員会副委員長でした。
わたしも良く薫陶を受けたのですが、海軍兵学校出身ということは知っていたものの、父親や叔父の存在はなくなるまでまったく知りませんでした。
なくなったときに、マルクスエンゲルス全集とともに、叔父・基春氏からの手紙も荼毘にふされたことは残念でした。

その後、遺族から徳長氏の資料の寄贈を受けました。
アルバム三冊と一枚の封筒にはいった資料です。
「徳長氏のことについて書いて欲しい」との要望もありましたが、資料が少なくまとめるには不十分だと思っていました。
しかし、貴兄とのやりとりで改めて意欲をそそられています。
いつになるかわかりませんが、まとめることができれば報告したいと思います。

ひとつ、これは推理の域を出ていないのですが、基春氏の自決と、徳長氏が日本共産党へ入党されたことは関連があるのではないかと思っています。

というのも、基春氏の自決は1948年7月、徳長氏の入党は月はわかりませんが1948年。
徳長氏は、戦後宗教書、哲学書を読むなど思索をめぐらせていたとのこと、弟の自決が新たな人生を歩むきっかけになったのではないか――これが私の推理です。

長々と書きました。
ありがとうございます。
  • posted by 土佐高知 
  • URL 
  • 2016.03/30 10:06分 
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