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土佐高知の雑記帳

四国西南部から徒然なるままに、祖国の右傾化、田舎切りすてに異議申し立てほえる。靖国神社の戦争犠牲者冒涜に怒りの発信!軍需産業=吸血鬼を暴き出すお気楽バンパイア・ハンター(^○^)

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分派をつくったのは誰か?

政党連合の場合は分派(党)形成の自由は当然のことであるが、分派(党)内に分派(党」をつくる自

由を認める分派(党)は自己矛盾に陥ることは、誰がみてもわかることだ。

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考えてみるがいい。
ある政党にある政綱でAという分派(党)をつくることを認めるとする。
だったら、Aという分派(党)のなかにさらに微妙にちがう政綱でA-Bという分派(党)をつくってはならないという理由はないだろう。
そうなれば理論的には、その政党を構成しているメンバーの数だけ(一人ひとり分派として)つくられることになる。
そんなのは最早政党とは呼ばない。

それをいまなお主張している人たちがおられるのだからあきれるが、試しにそんな分派(党)をつくってみたらいいだろう。
何が正しいかは実践してみることだ。

それはさておき、スターリンたちは「民主集中制」を旗印にして反対者を分派として断罪し、次々と党を純化(粛清)していったが、スターリンたちがまず分派をつくったことは意外と知られていない。

明らかになっているスターリン分派の形成は、レーニン死後の1924年夏である。
トロツキーに反対するボリシェビキ党ロシア共産党の中央委員たちが集まって、党機関とは別に「7人組」という分派を形成した。

彼らは正規の政治局会議などが開かれる前に分派会議を開き、
方針を決めて正規の政治局会議に臨んだ。
いわゆる多数派分派の形成である。

トロツキーは政治局会議から排除され、
イーストマン事件などで「7人組」はトロツキーを追い詰めるために最大限の働きをした。
トロツキーの力がそがれたあとで「7人組」は分裂したが、
それを構成したメンバーにとって「民主集中制」と「分派禁止」は、
その時々の権力闘争を自分たちにいかに優位に進めるかの方便に過ぎなかった。
こうしてボリシェビキ党ロシア共産党が変質し、自己崩壊を遂げたことは記憶されていい。

同じようなことは日本共産党でも起きた。
いわゆる「50年問題」の直前である。
1950年4月にひらかれた中央委員会は、
党分裂の危機を回避するために中央委員会の団結をうたった決定を行なったが、
その夜に徳田書記長らは自分たちの意を汲むメンバーを集めて、
自分たちに同調しない二人の政治局員を排除して、非公然組織と指導体制をつくる方針を申し合わせた。
徳田・野坂分派の形成である。

あとはマッカーサーの日本共産党の公職追放命令を契機に、
徳田・野坂分派は地下にもぐり、
七人の中央委員は排除され分派として攻撃をうけ、
約7年間にわたる「日本共産党の異常事態」がつくり出された。

民主集中制を守ることがいかに大切かは、
理論的にも実践的にも検証されていることであって、
それを廃止せよというのは歴史を逆行させることである。

左翼連合へのアプローチは別の道からすすむべきだ。


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レーニン 

ボリシェビキは分派じゃないのですか?
  • posted by TAMO2 
  • URL 
  • 2010.03/21 12:27分 
  • [Edit]

 

ソ連からの武力革命路線の押し付けを受け入れた宮本元議長たちのグループ(国際派)と「日本はそんな状況にありまへんがな」と主張した主流派(所感派)の争いは、双方による処分合戦で激化したわけでしょう。
そして主流派も武力革命路線に転じ、国民からの批判の後、再度統一されたと。
守るべきは分派禁止規定ではなく、「意見の違うことによって排除しない」の厳格化です。
そして党派内の自己矛盾を悪いものと捉えているようですが、それこそが生命力です。
レーニンの多数派工作はtamo2さんが述べられましたが、内部だけでなく外部にも手を伸ばし、それぞれが多数派工作をする。
そうやって多様性と力強い基盤を持った社会主義政党が出きるんじゃありませんか。
だいたい純化した政党なんて外部状況の変化に対応できませんよ。
なぜ自民党が長期政権を維持できたのか。
そして刺客騒動の後、ジリ貧になっていったのか。
なぜ純化した左翼政党が影響力を持たないのに対し、多様性を保った市民運動が政治に影響を与えるのか。
9条の会ができた時、規約を読んで「ざまーみやがれ」と思ったのと同時に、大きな広がりを持つことは確信できましたね。
言うまでもなく「ざまーみやがれ」はヘゲモニー争いを演じてきた左翼党派を念頭においたものです。
もちろん市民運動と政党は違います。
しかし多様な存在を認めないものなど、尻すぼみになるだけです。
より多様な党内矛盾を保持しながら、いかに統一させるか。
そこに注力すべきで、安易に分派禁止に手を付けるべきではありません。
  • posted by キンピー 
  • URL 
  • 2010.03/21 12:59分 
  • [Edit]

 

>武力革命路線の押し付けを受け入れた
そうだったのですか?占領下で革命が可能か否かという情勢認識の問題の点で、宮本さんはコミンフォルムに同調したのだと理解していたのですが。軍事方針の支持とはまた別の問題ではないでしょうか。
  • posted by 通行人D 
  • URL 
  • 2010.03/21 14:25分 
  • [Edit]

 

通行人D さん
コミンフォルムの平和革命路線の否定と非合法路線(軍事方針)はセットで、国際派(分派)はそれを支持。
その後所感派(主流派)も軍事方針を支持。
国外勢力の支持を取り戻した所感派を中心に、武力闘争へ突入。

①国際派(分派)が武力闘争を率先して支持していたことと
②所感派(主流派)が武力闘争に転向したこと
③主流派を分派と呼ぶこと
この三つの誤魔化しがあるから分かりにくいだけです。
  • posted by キンピー 
  • URL 
  • 2010.03/21 15:56分 
  • [Edit]

ボリシェビキについて 

> ボリシェビキは分派じゃないのですか?
おおそうでした。
ボリシェビキはロシア社会民主労働党の多数派分派でしたね。
プラハ協議会で最終的に独立政党となり、
1918年でロシア共産党と解消したのでした。

ご指摘ありがとうございました。
本文を訂正しておきます。

訂正 

解消→改称

 

土佐高知さんは、フランスの「反資本主義新党」の実践で日本でも比較的知られるようになった、(いろんな呼び名があるのでしょうが)いわゆる「新しい左翼」潮流の組織原則をどう評価しておられますか?

従来のビラミッド型組織に対するネットワーク型組織、多数決原理ではなくて全員一致制の原則、綱領の範囲内では各自が自由に自分の意見を保留して発表できる、課題や地域や主張ごとにグループを作るのも自由、そういった小グループや個人が複雑に連携してネットワークを構築しているから、一部が弾圧で破壊されても全体としては無傷、党全体の「代表」といった役職もおかないし、どうしてもそれが必要なら輪番制かくじ引きで決める。最終的に国境を越える世界的なネットワークを指向するといったところ。要するに、非常にインターネットのイメージに近い。中心もトップもない。そして「社会の変革(革命)」が、イコール権力をとることだという発想そのものを否定している。

土佐高知さんの「それでは組織が持たない」という指摘は、レーニン主義的な中央集権制やビラミッド型組織を前提にする限りは全く正しいのですが、ビラミッド型組織そのものにさかのぼって疑問を呈されると、また論点が変わってきます。彼らにしてみれば、「反資本主義新党」を一個の政党として評価する発想そのものが古いと。それもこのネットワークの「部分」にすぎない。「日本でもこういう政党を」ではなく、すでに日本もこのネットワークの一部であり、諸個人やグループや各種の党はいつでもそこに接続することも離脱することもできる。「いつの日か革命を」ではなく、今日が革命の日なのだと。

こういった考え方は、レーニン主義組織論(民主集中制)の世界史的な「失敗」の教訓をふまえたものだそうです。上で書いたような彼らの発想を、レーニン主義の観点から批判したり否定することは実にたやすく、いくらでも書けると思うのですね。でも、実際問題、旧来の左翼はこの問題について確かに失敗ばかりしていて、おぞましいモンスターを生み出してきたわけで、そういう「原則的批判」をいくら繰り返しても全然に説得力がないんですよ。ここで交わされている議論も彼らから見たら、「ほとんど主張に違いがないのにレーニン主義者同士が内輪もめをしているよ」というふうにしか見えないわけです。

私自身は彼らの主張に対して、非常に懐疑的なんですが、いざ批判しようとすると、やはり旧来の左翼の立場からの「原則的批判」しか思いつかないし、今までの私たちの失敗に関しても、途中をとばして煎じ詰めれば、「たまたまやり方が悪かっただけ」ということしか言えない。そういう言い訳が許されるのは、同じ失敗も3度までだと思う。やはり何か根本的な欠点があることは認めざるを得ないわけで、どういう言葉と内容をもって彼らを批判すればいいのか、大変に悩んでいるところなんです。まあ、別に無理に批判する必要はないんですが、自分の問題としてです。土佐高知さんはどう思われますか。
  • posted by 草加耕助 
  • URL 
  • 2010.03/21 22:03分 
  • [Edit]

 

横レスですみません。

私自身は、民主集中制は革命政党としては当然の組織原則だと思っていますが、現在の民主主義=ブルジョワ民主主義の原則からは排除されるべき組織原則だろうと思います。(当たり前ですね!)

ですが、今現在の日本の民主主義(ブルジョワ民主主義)は、多数決だけが優先され、並行して尊重されるべき、少数意見の尊重や徹底討論などの基本原則がないがしろにされているように思われます。その意味でも『ルールなき資本主義』だと思っています。

民主主義の土台となるべき土地を耕し豊饒な土地にしてこそ、民主集中制が必要なのかどうかの議論がはじまるのではないでしょうか。三里塚闘争はもとより多くの過去の闘争は、もしかしたら反戦や階級闘争などの意味付けよりも、民主主義の学校だったような気がします。

私たち自身が年を重ねてきて、いまから、またはこれからどんな闘い(=生き方)をしていくのかが答えになるような気がしています。

  • posted by 東行 哲 
  • URL 
  • 2010.03/22 01:11分 
  • [Edit]

ちょっと考えさせてください。 

草加耕助さんの提起したネットワーク型の組織論についてです。

いわゆる民主集中型組織はイメージ的に言えば固体で、派閥連合の自民党はアメーバ型・液体という感じ?
ネットワーク型は気体かなあ…。

それぞれ長所もあり、弱点もありそう。
2、3日留守をするので、その間に考えたいと思います。

コメントを1件削除しました。 

出入りも禁止します。

 

土佐高知さん、悩ませてしまってすみません。同じ問題意識を持っている他の方の意見を聞いてみたかったもので。現時点でまだこういう潮流の実践に対する評価を下すのも早すぎるのは確かだと思うので、めんどうだったらこのまま無視して忘れていただいてもかまいません。

東行哲さんのおっしゃることが、現時点での一つの結論だというのもありだと思います。組織形態を云々する以前に、私たちは民主主義というものについてあまりにも未熟だと。そこを忘れてどんな組織形態がいいのかを議論したところで無意味だというのは、非常に重要な視点だと私も思いますよ。

私自身はこういうネットワーク型左翼について、レーニン主義からするステレオタイプな批判以外に、直感的な批判もいくつか思いつくのですが、同時にそれに対する反論も思いついてしまって、自分ではそれに対する再批判が思いつかないという、一人討論状態です。

とりわけ驚いたのは、武装闘争をともなう直接行動さえ行っているメキシコの先住民解放組織サパティスタが、「全員一致制」を含むこの組織原則を採用していると聞いたときです。軍隊組織でこの原則が使えるなら、もう組織がもたないとか、弾圧に耐えられないという批判も無効だと思えたから。むしろ、従来型組織のほうが、司令部を破壊されたら全体が壊滅してしまうから危ないんだそうです。

今のところ、自分で「反論」が思いつかない唯一の批判点は、構成員の意識やモラルが高い場合にしか有効に機能しないのではないか、今後、この潮流が拡大して数が増えた場合、党全体が単なる「衆愚政治」に陥ってしまうのではないかという点。これは結局、東行哲さんのご指摘に戻っていくわけですが。

あ、いかん、今、これに対する反論も思い浮かんでしまった(笑
  • posted by 草加耕助 
  • URL 
  • 2010.03/22 20:35分 
  • [Edit]

あの程度の内容で 

口を封じるしかないとはね。
さすがは、世間から遊離した無能集団の一員なだけの事はある。
  • posted by D@排除されし者 
  • URL 
  • 2010.03/22 20:43分 
  • [Edit]

党内民主主義と分派 

レーニンのいう、中央集権的な党あるいは「民主集中制」という制度をどうするかというより、党内民主主義をどう担保するか、その制度・しくみ(いい言い方がないもんでしょうか)をどうつくるかという問題でしょう。ちなみに、sの党内民主主義が不十分なところに「分派」はできるのではないでしょうか。

 

全員分派で良いと思いますが、とりあえず、

  「彼らが決めた」

では誰も動きませんね。
権力に自分を一致させることに務めれば、分派なんてものは出てきませんが、そんな努力をしても糞の役にもたちそうにありません。
  • posted by キンピー 
  • URL 
  • 2010.03/22 21:51分 
  • [Edit]

 

全員分派というのは、自立した個人が綱領の元に団結しているということですから、分派がないのと同じというか、むしろそれが理想形でしょうね。

どんな運動でもそういう理想的で最良の時代があって、その時には組織形態なんて、効率を優先で考えればそれでいいのでしょう。そういう前提なら、民主的な中央集権制はとても優れた制度ですね。

私は民主集中制は「執行部性善説」だと言ってきましたが、土佐高知さんの立論は「下部党員性悪説」かな。

GO@あるみさんのコメントを読んで思ったのは、超時空的に「あるべき組織論」を論じても確かに仕方ないなということ。GOさんの意図とは違うかもしれませんが。
  • posted by 草加耕助 
  • URL 
  • 2010.03/22 23:40分 
  • [Edit]

 

>自立した個人が綱領の元に団結

それは異論の表明が自由であるという条件では有効でしょう。
異論を表明しにくい、または異論の排除という事は、組織による分派生産です。
私、そういえば除名理由に分派活動もありました。
っで、誰が処分されたかというと私一人。
「分派は双葉のうちに摘み取れ」が党の定式ですが、実態は異論=分派なんですね。
また「自立した個人」を逆手にとって、横のつながりを認めないのはブルジョア的市民像の押し付け。党の腐敗であり、こういう形態は現在においても労働者や市民の団結を弾圧する、中国や北朝鮮でもみられる社会進歩への攻撃です。
党内においても、ごく僅かな人数で形成する支部と上級機関のみにしか関係性を認めないというのは、科学的社会主義を標榜する組織の堕落であり自己否定です。
民主集中制という効率重視の軍隊規律は、社会主義政党の組織原則ではなく、戦時や発展段階における生産資本の組織原則であると思いますが、このあたりいかがでしょうか。
  • posted by キンピー 
  • URL 
  • 2010.03/23 11:01分 
  • [Edit]

 

私が考える日本共産党の民主集中制・革命論の誤りについて。

まず、GHQによって釈放された戦後直下の日本共産党指導部は、スターリンの二段階革命論の要望もあってか戦後革命期に米軍を解放軍規定し、社会主義革命を頓挫させてしまったこと。

ちなみに、中国革命と北朝鮮の蜂起はスターリンの要望を無視してられたため、その後中ソは対立することになります。

日本共産党がソ連派と中国派にわかれ宮本議長の自主独立路線にいきついた前提がこうした歴史があったためです。

2.1ゼネストを共産党がサポタージュしたこと。ここで社会主義革命を頓挫させる指導をしたのが日本共産党です。

そのうえで、GHQによって非合法化されたことを受けて、中国共産党に指導された当時の日本共産党指導部は、毛沢東式の革命を掲げ山にこもって反撃するというやり方をとりながら、他方で議会では議席を失っていくというあべこべな展開をとります。

他方で、唯一共産党の議席を維持したソ連派の大阪の志賀よしおは、ソ連に接近していくことになります。

こうしたジグザグ、あべこべな路線で疲弊した日本共産党は、宮本路線にシフトして自主独立、選挙を第一に掲げる現在の日本共産党に向かうことになりました。

結論すると、日本共産党は肝心なところで社会主義革命を対置できずに、非合法化されたときに武装蜂起を掲げて失敗し、ソ連派と中国派の板挟みからジグザグな路線をへて現在では、選挙闘争しかやらない党になってしまった現状があります。

それは、スト権ストの裏切りや、同盟・民社流の第二組合的なスト破りを絶えず行うような階級的労働運動とは正反対の共産党系労働運動にシフトしてしまうきっかけになっていくのでした。

そのため、本来であれば労働者階級を主体する共産主義者の党ではなしに、民族・民主革命を実践する連合党のようなおよそ共産主義の政党とは思えないような実態になってしまったのが日本共産党なのでした。

他方で、階級的労働運動を戦っていた当時の総評・社会党に、日本共産党以上に戦闘的な共産主義者らしい人たちが結集していくことに繋がり、結果的には中曽根がそんな戦闘的な総評・社会党つぶしに奔走していくという状況になっていくのでした。

これが、国鉄分割民営化の真相です。

結果的に、民主集中制は維持しても、マルクスの『賃労働と資本』とレーニンの『帝国主義論』を放棄した共産主義運動は成り立たないという結論が導き出されるのです。
  • posted by 日本国憲法擁護連合 
  • URL 
  • 2010.03/25 13:33分 
  • [Edit]

草加耕助さま 

ちょっと考えたんですが、
いまわたしの周辺にそんな感じの「ネットワーク」が作られている気がします。

わたしは日本共産党のメンバーですが、
たとえば映画「靖国」や「六ヶ所村ラプソディー」、イージス艦寄港反対で集まるメンバーは、
いろいろな人たちがいます。

大きくくくればサヨクですが、
普段はそれぞれがそれぞれでやっていて、
何かことがあれば集まってワイワイ。
そしてことが終われば解散という感じの
ネットワークが形成されています。

もちろん全員一致主義でグループを作るので
一致できない問題は一致できるグループでやる、
という形です。

もちろんその中から恒常的な運動体をつくろう
という動きもあって、
それが宿毛湾非軍事ネットワークになった動きもあります。

それがフランス型なのかどうかわかりませんが、
そんな「グループ」が周辺にあります。

まさにそうですね 

私も小なりとはいえ「党」に属していた頃は、そういうのはプチブル市民主義だとか、情勢に引きずられて浮沈するだけで、自ら情勢に対する規定力をもたないとか、反党主義者だとか、その他諸々思っていたわけですよ。

ところが(キンピーさんに対する回答も兼ねていえば)まさに「自立した個人が綱領の元に自由に団結している形態」として、それを恒常的な党組織論に高め、さらにそこから従来の「権力をとる」式の発想とは違う、一種の社会革命論として定式化されてきている。

彼らに言わせれば「従来型左翼」である私は、これに対する有効な批判が思いつかないというか、正確に言えば批判できるんだけど、どうしてもステレオタイプで超時空的な批判になってしまう。言ってる自分自身に対して説得力がない。昔々のレーニンがどうたらの理論的なものではなくて、今の社会状況に照らして、なるほどなあという批判が思いつかない。

今のところ、こういう潮流が情勢に規定力を与えた例はないと思うし、長い目で見て将来的にどうかと言えば、懐疑的というか、直感的にはダメなんじゃないかという気がするんだけど・・・。
  • posted by 草加耕助 
  • URL 
  • 2010.03/26 04:16分 
  • [Edit]

土佐高知@管理人様 

>コメントを1件削除しました。出入りも禁止します。

コメント削除も出禁も有りだと思いますが、せめて簡潔に理由を記して頂きたいのですが。これでは何のことやら解りません。

以下、本題。といっても思いつくままにですが―

よく「小異を捨てて大同に付け」と言いますが、あれは本来「小異を残して大同に付け」なのだ、という話を聞いたことがあります。いや、もしかすると<小異を捨て>で正しいのかもしれませんが、話を聞いたときにはナルホドな~と感心したものです。ついでに若き日の思い出を書いておきます。

大昔、学生大会で民青自治会の議案が可決、我が方の対案が否決されたことがありました。その後もめげずに野次など飛ばしていると、一人のゴリ民が「お前らの案は否定されたんや、黙っとれ、ゴラァ!」と我々を恫喝w 当時(一回生?)かなりの阿呆だった私は「まあ、確かにそうだけど・・」と、特に「否定」発言に疑問も抱かなかったのでした。否決=否定ではなかったにもかかわらず・・。
(若干の脚色ありw)
  • posted by 恩讐の彼方 
  • URL 
  • 2010.03/26 11:38分 
  • [Edit]

 

>直感的にはダメなんじゃないかという気がするんだけど・・・。

いや、分かりますよ。
ただ従来のように、ヘゲモニー争いをして、自分たちの指導下に置くのではなく、新たな党や主義者の役割を構築しなければならないだろうということです。
「指導しなければならない」という脅迫観念に似たドグマ。
これを克服しなければ、人民と人民の媒体にもなれず、挙句のはてには人民の力を削ぐ。
人民の戦いの中に不協和音を持ち込む。
こういったことは避けなければなりません。

だいいち資本主義が発展した国で、フォーディズムに似た組織論が成り立つと思いますか?
プロレタリアートが多様化しているのに司令塔は一つ。
組織を維持させるには、プロレタリアートを選別排除し、こじんまりとやっていくしかありません。
これはもう純粋な自己満足の世界です。
  • posted by キンピー 
  • URL 
  • 2010.03/26 11:55分 
  • [Edit]

恩讐の彼方さんへ 

いちいち個々のコメントの削除理由を書く必要があるのでしょうか?

判定は「ブログの考え」にしたがって行なっています。
削除された理由は書いた本人がわかっているかと…。
「出入り禁止」にしたんですが、別ルートから入ってきているよう(^_^;)
いまのところ抵触することはないので放置しておきます。

下記、再録。
---------
コメントへの書き込みは、管理人および訪問者の意見交換の場と考えていますので、反対意見でもフレンドリーかつ建設的な態度で行なっていただくようお願いします。無意味な文字の羅列や、他者を誹謗・中傷する(この判定は下記のとおり)コメントは警告なく削除する場合があります。

何故? 

ん?
紅星龍水さんのコメントがなくなってますが・・・
本人の意思?それとも土佐高知さんの判断ですか?
もし後者であるなら、現役党員による民主集中制批判は拙いと判断されたのでしょうか?
私は極めて貴重な意見であると思ったのですが。
  • posted by 恩讐の彼方 
  • URL 
  • 2010.04/13 10:43分 
  • [Edit]

 

そうですね。
紅星さんは党員の中において貴重な意見を発信されていいますので、私も後の展開を楽しみにしていたのですが。
  • posted by キンピー 
  • URL 
  • 2010.04/13 13:41分 
  • [Edit]

NoTitle 

>なぜ純化した左翼政党が影響力を持たないのに対し、多様性を保った市民運動が政治に影響を与えるのか。
>9条の会ができた時、規約を読んで「ざまーみやがれ」と思ったのと同時に、大きな広がりを持つことは確信できましたね。

市民運動が政治に影響を与えてる?
どこの平行世界の話でしょうか?
キンピーさんは共産党と違うことやってる人達を贔屓しようとして贔屓の引き倒しやってるんじゃないですかね
  • posted by エイラ 
  • URL 
  • 2014.12/27 00:28分 
  • [Edit]

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党内民主主義と分派の自由

土佐高知の雑記帳でいろいろと議論されていますが、共産主義、あるいは社会変革を目指

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男性/スライム系(LV61・HP715・MP1952)/高知県に生息/酒席は好きだが、晩酌はしない/どちらかといえば「凝り性」/美徳は「きまぐれ」/ウルトラマラソンに向かって日々鍛錬中!!/嫌いなことは陰口と意見を無視する態度
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